監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
出演:パウラ・ベーア、フランツ・ロゴフスキ、マリアム・ザリー、ヤコブ・マッチェンツ
歴史家のウンディーネ(パウラ・ベーア)は、ベルリンの中心部・アレクサンダー広場に隣接した小さなアパートに住み、博物館でガイドとして働いている。恋人のヨハネスが別の女性に心変わりし、悲しみに暮れていた彼女は、潜水作業員のクリストフ(フランツ・ロゴフスキ)と出会う。二人は激しい恋に落ち、愛を育んでいくが、クリストフは何かから必死に逃れようともがくウンディーネの態度に違和感を覚える。
バッハ(マルチェッロのオーボエ協奏曲による)BWV974 第二楽章アダージョ。繰り返される官能に満ちた旋律と硬質なドイツ語が溶け合う。艷めく画面はベルリンに棲む”水の精”ウンディーネ(オンディーヌ)に誘われ、スクリーン上を濡れそぼる涙と化して行く。「ウンディーネ」はラテン語の「unda(波)」に由来し、「ベルリン」はスラブ語で“沼”や“沼の乾いた場所”を意味するという。寄せる波は人工的な乾いた沼を浸潤する。観客は冒頭から五感を刺激されつつ、ペッツォルト監督が導く世界に揺蕩うしかない。
石畳の上をコツコツと硬いヒール音が鳴り響く。ウンディーネは男に切願する。
「愛していると言って。そうしないと私は貴方を殺すはめになる」
ペッツォルト監督は『東ベルリンから来た女』『未来を乗り換えた男』などドイツの歴史と政治の深淵を描き、社会派という印象があった。これほどリリカル且つ強い情念に囚われた物語を紡ぐとは!紛れもない傑作を前にして魂が震えるのを抑えることが出来なかった。
だが、ペッツォルトらしさはベルリン市立博物館に展示されたベルリンの模型を前に、ウンディーネが解説を務める場面で顕在だ。ウンディーネは感情に流されず、極めて構築的にベルリンに於ける都市工学を語る。その姿勢は模型と同様に緻密にして精緻だ。
ペッツォルトは語る。「ベルリンは神話を持たない人工的で近代的な都市です。かつての貿易都市のように神話を輸入しました。沼地が排水されていくに伴い、旅商人たちが持ち込んできた神話や物語が乾いていく干潟のように、この地に根付いていったと想像しています。〜中略〜ベルリンの模型のように、物理的で具体的な構築モデルには魔法が宿っています」
ドイツ・ロマン派フリードリヒ・フーケの名作小説「ウンディーネ」の自由大胆な翻案は、ペッツォルトにしか出来得ない芸当だろう。過去作と同様、人物には生命が吹き込まれている。ウンディーネは儚げながらも強靭な意思を持ち、自ずと宿命を受け入れる。愛するクリストフは朴訥な潜水夫だが、ウンディーネのふとした動揺から生じた鼓動を見逃さない繊細な男だ。
扮するパウラ・ベーア(『婚約者の友人』『ある画家の数奇な運命』)とフランツ・ロゴフスキ(『希望の灯り』)
は『未来を乗り換えた男』で共演しており、ペッツォルトの脳内イメージを体現する名演をここでも見せてくれる。水中シーン、そしてラストにウンディーネの視座から見える世界の美しさは比類がない。動く絵画のような本作をどうかお見逃しなく!
(大瀧幸恵)
2020年製作/90分/G/ドイツ・フランス合作
配給:彩プロ
(c)SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma 2020
公式サイト:https://undine.ayapro.ne.jp/
★3月26日(金)より、新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
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