サンドラの小さな家 (原題:herself)

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監督:フィリダ・ロイド(『マンマ・ミーア!』、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』)
共同脚本:クレア・ダン、マルコム・キャンベル(『リチャードの秘密』)
出演:クレア・ダン、ハリエット・ウォルター(『つぐない』、「ザ・クラウン」)、コンリース・ヒル(「ゲーム・オブ・スローンズ」)

サンドラ(クレア・ダン)は夫の虐待から逃れ、幼い子供2人を連れてホテルで仮住まいを始めるが、長い順番待ちで公営住宅にも入れずにいた。そんな中、彼女は娘との会話から自分で小さな家を建てることを思いつく。サンドラが清掃人として働いている家のペギー(ハリエット・ウォルター)や、建設業者のエイド(コンリース・ヒル)らの協力もあり、彼女はマイホーム建築に着手する。

終盤に用意された思いもよらぬ展開から、本作の原題の「herself」だったことを思い出した。自分自身で築きあげる人生…。脚本と企画、主演を担ったクレア・ダンがこのタイトルに込めた深い想いに至り、熱く涙が溢れた。本作が感動を呼び起こす主題がもう一つ、アイリッシュの精神である「メハル」だ。皆が集まって助け合い、結果として自分も助けられる文化。見返りは求めない。

イタリア・ネオレアリズモの作品でも、本作のように貧しい人々が自力で家を建てる『屋根』(1956)という映画があった。戦後の住宅難、ローマの市有地に小屋を建て、警官が来る前に屋根まで出来ていれば完成と見なされ、立退かせることはできないのだ。人々は助け合って煉瓦を積み、急拵えの屋根を付ける。ベッドを運び入れ、近所の子どもを抱かせて同情を誘う。警官は未完成の屋根から射す光に気付かない振りをして立ち去る…。『自転車泥棒』や『無防備都市』ほどの知名度はないが、幼心にも感動のあまり忘れることができない名作である。

本作を観ながら、現代にも助け合いの崇高な精神・文化が残っていることが嬉しかった。そして、未来への希望を抱かせてくれる作品を生み出してくれたクレア・ダンの登場を高らかに讃えたい!
元夫のDVから逃れ、娘2人を必死に育てるシングルマザー、サンドラの日常は常に崖っぷちだ。住む家がない。仮住まいのホテルでは、「ロビーを通るな」と注意され、幼い娘を抱えながら外階段を上る日々。
公営住宅申込みの長い行列に並んでも、家を見せてさえ貰えない。
接近禁止命令を破って接触してくる元夫。暴力を受けたトラウマに苦しみ、娘たちを守る責務を負うサンドラには、精神安定剤が欠かせない。

ケン・ローチ監督作品を想起させるような設定だ。だが、クレア・ダンは母性を表出した印象的な場面で観客の心を揺さぶる、自力で家を建てていることを隠したサンドラに対し、裁判所は、報告を怠り書面に虚偽の申告をした信義則違反を突いてくる。サンドラは叫ぶ。
「娘たちが危険な環境にいたのよ!法的義務は知ってる。隠れてパパを怖がってたの。暴力があったという事実を見て!殴った理由を聞いたら?書類より大切でしょう?」

クレア・ダンはそんなDV夫にも、なぜ暴力をふるう男に育ったか、成育歴をそっと明らかにし、単純なる懲悪ものにしていない。救い救われる「メハル」の精神が生きているのだ。ダブリンの街に住む移民の人々、知人の友人、そのまた知り合いまでが手を貸す相互精神に感動した。希望の予兆をかざした掌のような佳篇が、多くの人々に届く社会であってほしいと切に願う。
(大瀧幸恵)


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2020年/アイルランド・イギリス/英語/97min/スコープ/カラー/5.1ch/
提供:ニューセレクト、アスミック・エース、ロングライド
配給:ロングライド
©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020
公式サイト:https://longride.jp/herself/
★2021年4月2日(金)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開

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