監督・脚本・撮影・編集: 上田義彦
音楽: 中川俊郎
音楽プロデューサー:ケンタロー
出演:富司純子、 沈 恩敬(シム・ウンギョン)、田辺誠一、清水綋治、内田淳子、北浦 愛、三浦透子、宇野祥平、松澤 匠、不破万作、張 震(チャン・チェン)特別出演、鈴木京香
神奈川県の葉山にある海が見渡せる家。庭には四季に合わせて美しい花が咲いている。その家には絹子(富司純子)が孫の渚(シム・ウンギョン)と暮らしており、絹子の娘で渚の叔母の陶子(鈴木京香)は年老いた母親に東京のマンションで一緒に暮らそうと提案する。あるとき、税理士の黄(チャン・チェン)から連絡が入る。絹子は相続税の関係で、家を手放さなければならない状況になっていた。
仄暗い画面から薄く射す木漏れ陽。ピアノの妙なる調べが響き、水音と共鳴する。木々のさやぎ。遠くに聴こえる鶯や不如帰たちの囀り…。赤い金魚が泳ぐ池、拡がる水紋。動的平衡を示すかのように赤椿の花弁がひらりと舞い落ちる。
本作の冒頭を支配するのは自然界の音のみだ。そして、映画の生命線となるのは森羅万象に迫るミクロの視点。蜘蛛の巣に点る水滴さえも此処では主の役割を担う。眼を凝らし、耳を研ぎ澄まして揺曳する陽炎の奥から、遠火で炙り出された紋様のように、小宇宙が揺らりと立ち昇るのを観客は目撃する。
金魚を土へと還す手が見え、長いショットが続く。尽きる生命を惜しむかのように…。感じるのは、映画にだけ許された動く絵画としての1秒1秒の豊潤さだ。深い緑の庭から海を眺む富司純子の佇まいも自然の一部に同化している。
写真家として名高い上田義彦が、初監督作として映像に懸ける並々ならぬ拘りは、ある程度想定内であった。しかし、このサウンドデザインの精緻にして情動を兼ね備えた繊細な構成はどうだろう!殆どの音響は人工的に作成が可能な昨今。上田監督が自然の音を採取したのか、その手法は不明だ。以下、監督の言質を引用したい。
「音はそれだけで色々なことを想像させる。写真は光がないと撮れないものですが、写真に於ける光とよく似ているなと思います。音も音楽も自分の生理だと思っています。素直に感じるものだけで構成されています。音だけで温度や湿度を感じることができます。写真を撮る時も同じですが、頭で考えて構築しないで、魂で聞く、見る、決めるということ」
観客に手渡された音は、上田監督の”生理”であり、”魂”から採取したものだったのだ。
庭、家、人…。本作で失われ往く事象には、寂寥よりも継承される潔さと未来への希望が託されていた。過去への郷愁、次世代への期待。過去と未来の狭間に生まれ出る一瞬の光芒。見守る視座は、要所で句読点のように挿入される葉山の大海原と青空か。比類ない美しさと完成度を伴い、世界へと飛翔する新人監督の登場が高らかに宣言されたことを讃えたい。
(大瀧幸恵)
2020年/日本/128分/5.1ch/アメリカンビスタ/カラー
製作: 映画「椿の庭」製作委員会
配給:ビターズ・エンド
制作プロダクション: ギークサイト
(C) 2020 “A Garden of Camellias” Film Partners
公式サイト:http://bitters.co.jp/tsubaki/
★2021年4月9日(金)よりシネスイッチ銀座ほか、全国順次公開
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