監督&脚本:リー・フランシス
撮影:フォンテーヌ・ステファーヌ
衣装デザイン:オコナー・マイケル
音楽:オハロラン・ダスティン
イギリス南西部にある海沿いの町ライム・レジスで、世間とのつながりを断つようにして生活する古生物学者メアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)。かつては発掘した化石が大英博物館に展示されて脚光を浴びたが、今は土産物用のアンモナイトの発掘で生計を立てていた。ある日、彼女は化石収集家の妻シャーロット(シアーシャ・ローナン)を数週間預かる。裕福で容姿端麗と、全てが自分と正反対のシャーロットに冷たくしながらも、メアリーは彼女に惹(ひ)かれていく。
生命の源である海。絶え間なく引いては満ちる潮。昨年の仏映画『燃ゆる女の肖像』同様、女同士の激しい愛には海辺が似合うようだ。だが、本作には仏・ブルターニュ地方のような陽光はない。鉛色の空が支配し、寒風が吹き荒び、足下は泥濘んで危険を伴う。ロマンチックな愛の舞台にはなり得ない装置で、粗末な服を纏った中年女は這いつくばるように化石を求めて岩場をよじ登る。
1840年代、英国南西部ドーセット州の町ライム・レジス。11歳の時から一家の家計を支えてきたメアリー・アニングは、13歳で発掘した魚竜イクチオサウルスの化石が大発見として大英博物館に展示されるも、教育を受けていない労働者階級の女ゆえ、論文発表も学会への入会も認められなかった。今は観光客向け土産物用アンモナイトを探して生計を立てる日々だ。
寒々とした室内で泥と潮風に傷んだ髪、身体を洗い、今にも消えそうな暖炉を前にアンモナイトを磨き、手入れをする。荒れた手、疲れた顔のアップ。口にするのは卵、野菜スープ、芋といった質素な食事だ。
『ゴッズ・オウン・カントリー』で鮮烈なデビューを放った監督のフランシス・リーは、想像力という松明を手に、殆ど資料が残っていない実在の人物から、激情の深い海へ共感と慎みを保ちつつ分け行った。観客へ差し出したのは、独創的で強烈な存在態様である。
メアリーと対象的な人物として配したのは、裕福な家庭の若妻シャーロット。孤独をひさぎ、鬱病を発症しながらもメイドに物を投げつける激しい気性を内包した女だ。隠遁生活者のようなメアリーに対し、社交界にも適応性を見せるシャーロット。普通ならソーシャライズされることのない2人が恋に身を窶す時だけ、浜辺には明るい陽光が射し、泳ぎながら接吻する2人を逆光が優しく照らし出す。
衣装をたくしあげるもどかしさ、衣擦れの音が、ベッドで愛を交わす2人の剥き出しの魂に光彩を添える。二大名女優、ケイト・ウィンスレットとシアーシャ・ローナンが演じる激情シーンのワンカット長回しには息を呑む。本作ではボディダブルは一切なく、全て本人たちが演じ切ったという。社会的属性の呪縛から解放される潔さ。俳優の躍動する役者魂が刻まれ、生き生きと息衝く人間味溢れる造形は感動的だ。”世界一俳優の層が厚い国”英国の中でも本作の二大女優は他を圧しているだろう。
元々はリー監督が、化石や鉱物好きな恋人である彼への贈り物を探しているうち、何度もメアリー・アニングという名前に出会ったことが製作のきっかけだそう。ウエストヨークシャー地方の小さな村で農場を営む家に生まれ育ったリー。ゲイであることを隠して生きなければならなかった鬱屈と解放を、2人の女に投影させたと思しき本作は、LGBTQというジャンルの枷を越え、歴史からかき消されてしまった人物に光を当てた意義も含め、名作映画の仲間入りを果たした。
(大瀧幸恵)
118分 / 1chデジタル.5 / ビスタ / カラー / イギリス /
Limited Films Fossil and Corporation Broadcasting British, Institute Film British The 2020
配給:ギャガ
(C) The British Film Institute, The British Broadcasting Corporation & Fossil Films Limited 2019
公式サイト:https://gaga.ne.jp/ammonite/
★2021年4月9日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか、全国順次公開
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