監督・脚本:アリス・ウィンクール
脚本:ジャン=ステファヌ・ブロン
音楽:坂本龍一
撮影監督: ジョルジュ・ルシャプトワ
編集: ジュリアン・ラシュレー
美術: フロリアン・サンソン
衣装: パスカリーヌ・シャヴァンヌ
出演: エヴァ・グリーン(サラ・ロロー)、ゼリー・ブーラン・レメル(ステラ・アッカーマン・ロロー)、マット・ディロン(マイク・シャノン)、アレクセイ・ファティーフ(アントン・オチェフスキ)、ラース・アイディンガー(トマス・アッカーマン)、ザンドラ・ヒュラー(ウェンディ・ハウアー)
欧州宇宙機関(ESA)で日々過酷な訓練に励んでいる宇宙飛行士のサラ(エヴァ・グリーン)は、夫と離婚し、7歳の娘ステラ(ゼリー・ブーラン・レメル)と二人で暮らしていた。ある日、サラは「Proxima(プロキシマ)」と呼ばれるミッションのクルーに選出される。長年の夢がかなう一方で、一度宇宙へ飛び立つとおよそ1年もの間、まな娘と離れ離れになってしまう。出発日が迫る中、母と娘は「打ち上げ前に、二人でロケットを見る」という約束を交わす。
宇宙飛行及び宇宙飛行士たちを描いた映画は数多あったが、これほど母性を前面に押し出した映画はなかったのではないか。エヴァ・グリーン演じるフランス人のサラは、宇宙飛行士である以前に、1人の母親として描かれている。サラはエンディングで紹介される実在の母親兼宇宙飛行士たちの全てを象徴したような存在だ。
地上にいる時は、何処にでもいる母親と同じように、娘の食事を作り、学校へ送って仕事と家事をこなす。夜は本を読み聞かせ、寝かし付ける。他の母親と異なっているとしたら、サラがロケット打ち上げの日を間近に控え、訓練に励んでいる点だ。
サラが担う訓練の仔細な描写、その過酷さに衝撃を受ける。アリス・ウィンクール監督(『裸足の季節』の脚本)は語る。
「男性の体は肩が丈夫なため、宇宙服は肩に重みがあるよう造られてられています。しかし、肩より腰が強い女性の体にとっては負担が大きい。女性は、この男性社会に参入するために2倍の努力をしなければならず、さらには女性としての存在を感じさせないよう立ち回らなければいけないのです」
水中での船外修理訓練。急激に減少する酸素、「少ない!急げ!あと1分だ」常に緊張感を強いられるサラ。横釣りになったままの回転訓練では、9Gの圧力がかかる。「肋骨が折れないように、これ以上は危険!」と注意喚起されても冷静さを失わず心拍数にも変化を見せないサラ。が、降りた途端、フラフラと歩き、洗面所で嘔吐する…。
映画で紹介されるのは、訓練のほんの一端だろう。男性候補たちとの競争、神経をすり減らす厳しい訓練と審査に打ち勝ったサラは、念願だった人類初の火星探索への最終準備を目的としたミッションのクルーに選ばれる。その間、約1年は7歳の娘と離れ離れになってしまう。
離婚した元夫に預けるため、ドイツの学校へ転校した娘。
「学校では誰も話してくれないの。勉強がキツい。熱があるみたい」
そんな娘の言葉に心を痛め、1人枕を濡らすサラ。
監督はあくまでも母性の視点に立ち、宇宙飛行士という特殊な任務と訓練の日々を送るサラの日常を丁寧に紡いでいく。ここには、宇宙飛行士を描く際の定番であるヒロイズムは存在しない。働く母と娘の普遍的な関係性を淡々と共感深く描写した監督の演出手腕は見事である。
ボンドガールも演じてきたエヴァ・グリーンが、丸く柔和な表情を見せる時、『雨の訪問者』で知られる母であり、往年の女優マルレーヌ・ジョベールに似てきたことに気付いた。オールドファンには懐かしい瞬間だ。
300人のオーディションの中から選ばれた娘役のゼリー・ブーラン・レメルは、孤独や焦燥、失読症、計算障害や綴り字障害といったハンディを持ちながら、時に反抗、時に甘える、といった繊細且つ複雑な感情表現を演技と感じさせない存在感で「役を生きて」いる。
宇宙空間的な広がりを感じさせる劇伴、抑えめの音楽で映画を覆った坂本龍一のスコアも忘れ難い。世界中の親子、親になる人らに観てほしい佳編である。
(大瀧幸恵)
配給:ツイン
後援:JAXA
2019 │ フランス │ 107分 │ カラー │ ビスタ │ 5.1ch │ フランス語・英語・ロシア語・ドイツ語
©Carole BETHUEL ©DHARAMSALA& DARIUS FILMS
公式サイト:http://yakusokunosora.com/
★2021年4月16日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ他にて全国ロードショー
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