監督:アンドレアス・ドレーゼン
脚本:ライラ・シュティーラー
音楽:イェンス・クヴァント
出演:アレクサンダー・シェーア『ソニア ナチスの女スパイ』/アンナ・ウンターベルガー
東ドイツの石炭採掘場で重機を操縦するゲアハルト・グンダーマン(アレクサンダー・シェーア)は、仕事が終わるとシンガー・ソングライターとして、自作の曲をステージで披露していた。希望や理想にあふれた歌は多くの人々に支持される一方で、彼は秘密警察に友人や仲間の情報を提供するスパイでもあった。1990年の東西ドイツ統一後、彼は自身も友人からスパイされていたことを知る。
日本を社会主義国家と仮定し、国民的人気のカリスマ歌手が長年国家にバンド仲間や知人の情報を流すスパイ活動をしていたとしたら、あなたはどう感じるだろう?
「裏切り者」「もう聴きたくない」と拒絶するか。
「あの時代は仕方なかった」として理解を示すか·····。
本作は旧東独で秘密警察 (シュタージ)に非公式協力していた実在のシンガー・ソングライター、ゲアハルト・グンダーマンのドラマである。事実の持つ意味は重い。観客はグンダーマンの半生を通し、複雑且つ矛盾に満ちた東独という国と対峙する。が、政治に傾斜した映画ではない。主演のアレクサンダー・シェーア自ら奏でる15の楽曲が句読点のように挟まれ、一連のバンド活動やライブシーンなどは楽しい。
”東独のボブ・ディラン”と呼ばれ(実際にボブ・ディランのオープニング・アクトを務めた)、人気を博したのも納得するほど、その歌詞には若者の生活実感がこもり、説得力あるハスキーヴォイスを聴かせる。
日中は炭鉱でパワーショベルカーを運転する労働者。仕事が終われば自ら作った楽曲をバンド仲間と歌う。そんな若い労働者の日常をスケッチ風に描写している。映画はシュタージに協力することになった’70年代と、消滅した’90年代の東独の間をエネルギッシュなフットワークで往還する。
ドイツ民主共和国の理想を信じ続けたグンダーマン。”歌”という表現手段を持ち、自己主張が強く危険人物として体制は捉えていた。シュタージは率直で純粋なグンダーマンを国外での自由なバンド活動をちらつかせ、甘言を弄して引き入れたのだ。が、友人からグンダーマン自身もシュタージの監視対象になっていたことを知った時の衝撃、ジレンマ、落胆、絶望·····。
本作は家族でさえも相互監視・密告することを強いられた東独の深い闇を照らし出し余すところがない。東独出身の2人アンドレアス・ドレーゼン監督と脚本のライラ・シュティーラーは、故郷の過去を厳しく照射し、問い質す姿勢は圧巻だ。空撮による月夜に浮かび上がる炭鉱。何処までも続く地平線。労働者たちが築き上げた東独国家とは何だったのか。映画は言葉で、歌で、映像から何度も突きつけ語らせている。
(大瀧幸恵)
2018 年/HD/シネマスコープ/5.1ch/128 分/ドイツ
提供:太秦、マクザム、シンカ
後援:ゲーテ・インスティトゥート大阪・京都
配給・宣伝:太秦
© 2018 Pandora Film Produktion GmbH, Kineo Filmproduktion, Pandora Film GmbH & Co.
Filmproduktions- und Vertriebs KG, Rundfunk Berlin Brandenburg
公式サイト:https://gundermann.jp/
★2021年5月15日(土)より、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
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