監督・脚本:山本起也
撮影:鈴木一博
プロデューサー:小山薫堂
出演:藤原季節 、原知佐子、杉原亜実、 中田茉奈実、 宮本伊織、 西野光、 小倉綾乃、 水上竜士、 野呂圭介、 外波山文明 、吉澤健、 柄本明
オレオレ詐欺を繰り返しながら放浪する青年(藤原季節)。熊本県天草のさびれた商店街・銀天街に流れ着いた青年は、艶子(原知佐子)という老女と出会い、彼女から将太という孫として迎えられ、一緒に暮らすようになる。温かい風呂に入り、艶子が作るおいしい料理を食べる日々を送る中、青年は地元FM局パーソナリティーの清ら(杉原亜実)が企画した上映会の手伝いをすることになる。上映会に用いる往年の天草や銀天街の8ミリ映像や写真を集める青年は、艶子が持つ古い家族アルバムの中からある写真を見つける。
人のごった返す待合室。犯罪者が島に逃げ込んだことを伝えるニュース。カメラはワンカット長回しで通路を移動して行く。ふと、視線が交わされた刺々しい目の男。この冒頭の男の目を覚えていてほしい。“のさり”の風が吹く天草に受け容れられるうち、和らいだ目の表情に変容するのだ。
オレオレ詐欺常習犯の男が、シャッター商店街街の片隅に店を開く楽器店へ彷徨いこむ。「しょうた〜?ご飯食べんと〜」
正気か?認知度を欠いているのか·····。孫と信じきった老女から美味しい食事、入浴、パジャマなどの世話を受ける男。「何やってんだ?俺」
と呆れつつ、居着いてしまうまでのくだりがとても滑らかだ。肩の力が抜けた原知佐子(これが遺作となった)の演技。どこにでもいそうな青年を自然体で演じた、近年目覚しい活躍の藤原季節。奇を衒わない正攻法で捉えた山本起也監督の演出力が大きい。
京都芸術大学映画学科の劇場公開映画制作プロジェクト「北白川派」の最新作は、熊本県天草が舞台である。”のさり”という言葉は初めて耳にした。良いこともそうでないことも、自分の今ある全ての境遇は、天からの授かりものとして否定せずに受け入れるという、天草地方に伝わる古い言葉だそうだ。
老女と男の物語を縦糸としながら、映画は現代の寓話のような設定の中を緩やかな時間で進む。横糸に紡がれるのは、地元ラジオ局のアナウンサーが集める”土地の記憶”。天草での大火、潜伏キリシタン関連遺産、妖と呼ぶかかし祭りなど、映画館での白黒8ミリ映像を観ながら涙を流す観客たち。スケッチ風な描写は、ドキュメンタリー映画出身である山本監督ならでの技量だろう。
打ち捨てられたようなシャッター商店街に響くブルースハープの音色。座る者がないまま揺れ続ける屋上のブランコ。イルカウォッチング目当ての観光客。老女がすえるヤイト(お灸)。かかしの群像。昭和の香りを残す映画館·····、こうしたモチーフを散りばめつつ揺蕩う時間と共に、ある事実に気付く。映画では直接描かれないが、天草といえば、不知火海を挟んだ対岸の水俣。水俣病についても”のさり”の人々は受け容れたのだろうか?
男が去った後も楽器店の老女は店を開け、1人で座り込む日常に向き合っていく。その視線の先には、かつて存在した濃密なコミュニティーが視えているようだ。”のさり”の精神が息づく佳編である。
(大瀧幸恵)
製作/配給:北白川派 製作協力:熊本県天草市 京都芸術大学
宣伝協力:天草ケーブルネットワーク株式会社
協賛:天草信用金庫 ホテルアレグリアガーデンズ天草 後援:JCBA 九州コミュニティ放送協議会
©北白川派
2020 年/ DCP/5.1ch/129 分/ビスタサイズ/日本
公式サイト:https://www.nosarinoshima.com
★2021年5月29日(土)より、ユーロスペース他全国順次公開
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