戦火のランナー (原題:Runner )

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プロデューサー:ビル・ギャラガー
脚本・編集:ビル・ギャラガー、エリック・ダニエル・メッツガー
出演:グオル・マディング・マケア(グオル・マリアル)、ラスティ・コフリン、コーリー・イーメルス、ブラッド・プア他

「このままでは目の前で息子が死んでしまう。」戦争の続くスーダンはどこもが戦場で、子どもはさらわれ、家は燃やされていた。8 歳のグオル・マリアルの命を守るために、両親は苦悩の末、彼を村からたった一人で逃がすことにした。戦場をさまよい歩くグオルはやがて武装勢力に捕まってしまう。“逃げよう”。彼は夜明け前、走って逃げることに成功する。その後4年間、スーダン南部を放浪する。幸運にも難民キャンプで保護された彼は、16 歳でアメリカへ移民するチケットを手にする。飛行機に乗るのも初めてだった。“もう逃げなくていい”。新しい人生の始まりだった。高校に入学した彼は陸上部で走ると他を圧倒。その後、初めて走ったマラソンで 2012 年ロンドン五輪出場条件タイムをクリアしてしまう。まるで走ることが彼の運命だったかのように──。

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この原稿を書いている時点では、東京オリ・パラの行く末は不明である。本作は観客にオリンピックの本質的な意義を考える良い契機となろう。ドキュメンタリーの主人公グオル・マリアルの祖国であるスーダンは、1956年に独立後40年以上内戦が続いていた。グオルも”戦争しか知らない” 。浅薄にもスーダン建国の歴史的経緯について知識が疎かった。国会で取り上げられ、メディアで騒がれた「陸上自衛隊の日報隠蔽問題」くらいである。
南スーダンが独立する前のスーダンは、アフリカで最も広い国土を持っていたという。
南部はアフリカの狩猟民族、 北部はアラブ系 イスラム教徒が住んでいる。異文化民族の衝突、産油国になったことから資源争いも生まれ、英国からの独立を求めた戦乱が続いた背景を、先ず知っておいたほうがいいかもしれない。

靴紐を結ぶ手つき、語り口調も淡々とし、落ち着いた青年に見えるグオルは、想像を超える過酷な運命を送ってきた。初監督兼プロデューサーを務めるビル・ギャラガーは、極めて冷静な話法で綴る。グオルや関係者の証言を中心に、祖国の描写は再現アニメを用いている。観客も平静な気持ちで観ていると、不意に感情を大きく揺さぶられる場面に出会う。
2013年、米国の市民権を得たグオルは、やっと祖国へ降り立つ。空港の大地にキスするグオル。故郷へ戻るも、 自分を見放した両親と会う不安·····。「家族と分かるだろうか?」。砂塵の舞う故郷へ着くなり、広大な荒野に突っ伏している人が映る。母だった。息子と会えた嬉しさに大地へ突っ伏して泣きじゃくる母。日本人とは異なる感情表現に若干たじろいだものの、グオルと抱き合う姿には胸を衝かれた。
父は、というと何事か叫びながら歩き回っている。あまりの嬉しさと感動から発する自然な態様なのだ。嗚咽しながら息子と抱き合う父。「お前は一家の主だったんだよ」。当時、両親は襲撃された種族から、”死ぬか手放すか”の選択を迫られ、やむなくグオルを手放したのだ。ちなみに、グオルは9人兄弟のうち8人を亡くしている。
「父さんは僕を好きじゃないと思ってた。でも 神のおかげで帰れたんだ」。感謝の祈りを捧げつつ涙するグオル·····。ドキュメンタリーならではの事実が持つ重みに圧倒され、観る者の涙腺をこれでもかと刺激する場面だ。

米国のマラソンランナーとして順風なスタートを切ったかに見えたグオルを再び困難が襲う。だが、グオル及び南スーダンへの国を越えた支援の輪が広がり、南スーダンは最も早く東京オリンピックに選手を送り込んだ国となった。ホストタウンである群馬県前橋市の厚意は、オリンピックが延期になった後も続いている。選手たちの中心にいるのはグオルだ。南スーダンの選手たちを応援すると共に、東京オリ・パラの推移を見守りたい。
(大瀧幸恵)


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配給:ユナイテッドピープル
宣伝:スリーピン
2020 年/アメリカ/英語/88 分/カラー/16:9
(C) Bill Gallagher
公式サイト:https://unitedpeople.jp/runner/
★2021年6月5日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー

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