犬は歌わない (原題:SPACE DOGS)

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監督・プロデューサー:エルザ・クレムザー、レヴィン・ペーター
ナレーション:アレクセイ・セレブリャコフ

ソビエト連邦は、人間の宇宙飛行が可能かどうかを検証するため、「スペース・ドッグ計画」を実行し、犬たちを宇宙空間に送り込む計画を立案する。1957年、モスクワの街をさまよっていた野良犬ライカは、世界初の宇宙飛行犬として人工衛星スプートニク2号に乗せられた。ライカは生物として初めて地球軌道飛行を成し遂げるものの、生きて地球に戻ることはなかった。

突然の幕切れに息を呑む 、冷徹な視点に圧倒され続けるドキュメンタリーだ。真っ青な画面に透明度の高い劇伴が流れる。カメラは宇宙空間へ。”ライカ”宇宙を飛んだ 最初の生物だ、とのナレーションが被る。 数ヶ月は宇宙の塵のように彷徨い、最後は燃え尽きた魂。 炎の奥にいるライカを連想させる如く、長いショットが続き、画面は『2001年宇宙の旅』を想起させる浮遊感を纏う。
ライカの魂は今も彷徨っているという都市伝説がある。ライカは、かつてモスクワの街に根城とする野犬だった。カメラは現代のモスクワに巣食う野犬を追う。長い横移動ショット。野犬の目線に合わせ、徹底した低いアングルを維持しながら、カメラは野犬たちの生態を拾い出して行く。息を詰めて野犬たちを見つめるスタッフの鼓動が聞こえてくるようなリアリティ溢れる夜景に、観ている側も息を堪えてしまう。

米国はチンパンジーの実験を試みた。ジャングルから空軍が捕獲し、65番と名付けられたチンパンジー。だが、訓練中にパニックを起こし、身体に取り付けられたセンサーをむしり取ってしまう。一方、粛々と訓練に従う野犬には耐性がある、との評価が定まった。
公開された記録映像は今まで見たことのない迫真力に満ち、犬たちから目が離せなくなる。捕獲された野犬たちの収容所。身体を固定し、遠心機のように振り回される訓練の模様。 宇宙服を着た犬や多くのセンサーを取り付け実験が行われる。採血や実験による流血に呻く犬。毛を剃られ、準備は着々と進む。ライカ以降、何匹もの犬たちが宇宙船から発射して行った。船内の犬の映像。無重力状態であることが分かる。地球に届くのは心拍数だけ。犬たちは宇宙船から何を見たのだろう。

胸の痛む映像が続くのは、現代の野犬たちを追ったシークエンスでも同様だ。集団で行動しているため、つがいなのか、群れているのか?と思いきや、急に唸り出し、喧嘩が始まる。牽制し合い、大声で吠える野犬。どの犬も生存競争を懸けて必死なのだ。
野犬たちの毛羽立った毛並み、荒れた肌からも、彼らが過酷な日常を送っていることが分かる。

宇宙犬の中にも僅かに生還した犬たちがいた。記録映像が語る。センサーを外すや痩せ細った身体を震わせる。大人しい動き、おぼつかない歩行。 地球の生活に慣れたメスとオスには”結婚”を試みた。宇宙犬の子どもが生まれたと大々的に報道され、子犬たちは著名人へ貰われて行ったという。野犬に戻ることはなかったわけだ。
人間たちの実験台として犠牲になった犬。過酷だけれど、自由に野良を生きる野犬たち。どちらが幸せなのか…。人間は評価する資格を持たない。貴重な時間を体感する91分である。
(大瀧幸恵)


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2019年製作/91分/オーストリア・ドイツ合作
配給:ムーリンプロダクション
後援:オーストリア大使館、オーストリア文化フォーラム
(C) Raumzeitfilm
公式サイト:http://moolin-production.co.jp/spacedogs/
★2021年6月12日(土)より、大阪シネ・ヌーヴォ、京都みなみ会館、名古屋シネマテーク、横浜ジャックアンドベティほか全国公開

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