監督:ヨハン・ヨハンソン
ナレーション:ティルダ・スウィントン『フィクサー』『グランド・ブダペスト・ホテル』
プロデューサー:ヨハン・ヨハンソン、ソール・シグルヨンソン、シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン
撮影:シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン『ヴィクトリア』『ひつじ村の兄弟』『アナザーラウンド』
音楽:ヨハン・ヨハンソン、ヤイール・エラザール・グロットマン
旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国時代、民族統一のシンボルとして建造された石のモニュメント群「スポメニック」は、共和国崩壊後ほとんどが廃虚と化す。統一が夢物語となった今、滅びゆく運命にある「最後の人類」たち。朽ちてゆくコンクリートの構造物と、滅びつつある未来の文明社会の物語との関係が詩的に築かれていく。
冒頭から暫しの無音が続く。次第に荘厳な現代音楽が響き始める。
「聞いてください。私たち最後の人類から伝えたいことがあります。約20億年後の未来から、あなたたちに語りかけています。 天文学者たちの発見によれば人類に滅亡が迫っています。あなたたちを助けます。 私たちも助けて欲しいのです 」
ティルダ・スウィントンの静謐にして怜悧な語りかけは、宇宙の彼方から聞こえてくるようだ。16mmフィルム白黒画面に拡がる空と雲。抽象的意匠の石像群。
これは、2018年に逝去した作曲家ヨハン・ヨハンソンが、冥界より人類に託した最初で最後のメッセージなのだ。
ヨハンソンのスコアは、最後の人類の語りかけに呼応し、時に哀切を時に憂いを帯びて交信を試みようとする亡霊のようにも聴こえる。叙事詩、レクイエム…様々に受け取ることができよう。本作は、1930年発表、オラフ・ステープルドンの小説を基にしている。SFフィクションの世界をドキュメンタリーの手法で構築した。そのスタイルからはクリス・マルケル監督のフランス映画『ラ・ジュテ』を想起させる。が、『ラ・ジュテ』と異なり、本作には生きとし生けるものは一切登場しない。多くは雑草がうっそうと茂る荒野である。
「人類は常に生存が危うい事態にあった。それは化学的環境の変化や人間たちの愚行、 天文現象、有害微生物によるものか」と最後の人類は告げる。ヨハンソンが身罷った翌年に発生した新型コロナウイルスを暗示しているようにも聞こえる。
「海王星へ新種の人類送り、18期の私たちが最後」
同時にカメラが捉えるのは、見開かれた両眼を持つ石像。
「ビロードの多彩な肌を持ち、頭頂部の観測用の目が、驚くべき宇宙の様子を知らせる」
アップで映し出される石像を観客は食い入るように見つめる。宇宙の領域が終焉に近づき、人類が太陽の消滅によって脅かされていることを悟るのだ。最後の人類は私たちの意識に入り込み、必死で交信を図ろうとしている。
ヨハンソンは清やかな香気を湛え、私たちの心を洗う如く、ソプラノや聖歌のスコアを奏でて行く。時空を超えた時間旅行へと誘われているようだ。ハリウッド的ドラマツルギーに慣れた人には受け入れ難く感じるかもしれない。が、ヨハンソンは観客に媚びるような話法に背を向け、映画の極北で超然と立ち上がる姿勢を見せた。自身の死の予兆に抗う魔力を放ちながら、映画の可能性に懸けたのだ。
ウィルスとの闘いに挑んでいる今、観るべき意味を孕んだ問題作である。
(大瀧幸恵)
2020/アイスランド/英語/71分/DCP/ヨーロッパビスタ1.66 : 1 /5.1 ch/
配給 :シンカ
©️2020 Zik Zak Filmworks / Johann Johannsson
公式サイト:https://synca.jp/johannsson/
★2021年7月23日(金・祝)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか全国順次公開
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