アウシュヴィッツ・レポート (原題:The Auschwitz Report)

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監督・脚本: ペテル・べブヤク
原作:アルフレート・ヴェツラー
脚本:ジョセフ・パシュテーカ、トマーシュ・ボンビク
脚本・製作、ペテル・べブヤク
撮影:マルティン・ジアラン
出演:ノエル・ツツォル(アルフレート)、ペテル・オンドレイチカ(ヴァルター)、ジョン・ハナー(ウォレン)、ヤン・ネドバル(パヴェル)、ミハル・レジュニー(マルセル)、フロリアン・パンツナー(ラウスマン)、ラース・ルドルフ(クヅク)、クリストフ・バック(シュヴァルツフーバー)、ヴォイチェフ・メツファルドフスキ(コズロフスキ)

1944年4月のアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所。遺体の記録係を務めるスロバキア人のアルフレートとヴァルターは、毎日多くの人命が奪われる収容所の惨状を外部に訴えるため脱走を決行。同じ収容棟の囚人らが過酷な尋問に耐える中、やっとのことで収容所の外に脱出した二人は国境を目指して山林を歩き続ける。その後救出された二人はアウシュヴィッツの実態を赤十字職員に告白し、大虐殺の真実を報告書にまとめる。

ホロコーストの実話を基にした映画は様々な切り口で描かれてきた。本作の特色は、主人公が遺体の記録係だったこと、真実をつぶさに記録したレポートを世界中に公表する目的で、脱走〜交渉に奔走した主題と共に、映像の質感があげられるのではないだろうか。
遺体小屋での物々交換、記録の確認、その背後に累々と積み重なった遺体は本当の人間のように見える!首まで土に埋められた囚人たちを背後からローアングルで捉えたショット。丸刈りの後頭部にはそれぞれ身体特徴があり、造り物とは思えない質感だ。
観始めた頃は、白黒映画かと思った。灰色の曇天、透明に凍りつく霜、どす黒い板張りの収容所、縦縞の囚人服、足下の土は黒く、吐く息は白い。中心を占める首吊りにされた囚人…、色味のない無味乾燥な世界が拡がっているからだ。灯る火だけが僅かに赤みを差している。

映像の強度に唸らされたのは、スロバキアの回想シーンでも同様だった。薄暗い小屋で番号を呼ばれる男たち。「ドイツ帝国は規範と秩序を重んじる!」と怒鳴る独軍人の周囲をカメラはワンカットで動いて行く。晩鐘のような劇伴が流れ、緊迫感はいや増す。裸の男たちが並ぶ。カメラが一周すると、番号を呼ばれた時には長髪だった男が全裸で坊主頭にされ、眼には恐怖の色が宿っている。ここまでで一気に見せるワンシーンワンカットの衝撃は、近年の作品では随一ではないか。見事なビジュアルとサウンドの構築である。

収容所の描写もリアルだ。脱走した2人の囚人について詰問される同号棟の囚人たち。3日3晩立たせても口を割らない囚人たちに業を煮やした軍人が1人の囚人に目をつける。
「お前には女囚棟に娘がいるな?」
なぜ知っているのか?と怯える男。女囚棟へ歩き出す軍人。遠くから少女と思しき悲鳴の後、銃声が聞こえる。崩れ落ちる男。「君の娘じゃないさ」と別の囚人が声をかけるも、「いや、違うとしたらもう死んでる」…。これほど深い絶望と恐怖に四六時中さらされていたのか。人間はどこまで残忍になれるのか、肌感覚で知った気がした。

脱走後、命懸けで持ち出したレポートを有力者に渡さんと粘る2人。「150万人が死んでる。ユダヤ人だけじゃない。ビルケナウでは視察の時だけガス室は稼動しなかった。 間もなく焼却炉へ真っ直ぐ通じる線路ができる。 同盟国は知らないのか?」
弁護士や赤十字に必死で訴えるも反応は鈍い。「米国に伝えるよう努力する」 と言うばかりだ。
その7ヶ月後にレポートは出版された。あまりにも恐ろし過ぎる内容のため、真実ではないと思われたのだ。だが、このレポートのおかげでブダペストでは12万人の生命が救われた。

無音のエンディングに、ガス室の存在を否定する語りや、「メキシコだけじゃない。レイプ犯や殺人者は世界中の移民だ」と言うトランプの声、「モロッコのクズ野郎がオランダの治安を悪化」「ニグロは奴隷のほうが家族が持てたし補助金で暮らせた」「ホモセクシャルが好きな人はいない 。処刑されるべきだ」「ヒトラーは偉大だった」
おぞましい偏見に満ちた各国言語の発言が被さり、拍手する人々の熱狂が伝わる。「過去を忘れる者は必ず同じ過ちを繰り返す」 と冒頭で示されたジョージ・サンタヤナの言葉を思い返した。全てを浄化するような美しいソプラノのアリアが余韻を残す。
(大瀧幸恵)

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2020年製作/94分/PG12/スロバキア・チェコ・ドイツ合作
配給:STAR CHANNEL MOVIES
(C) D.N.A., s.r.o., Evolution Films, s.r.o., Ostlicht Filmproduktion GmbH, Rozhlas a televizia Slovenska, Ceska televize2021
公式サイト:https://auschwitz-report.com/
★7 月 30(金)より、新宿武蔵野館ほか全国公開

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