監督・撮影:ホアン・フイチェン(黃惠偵)
製作総指揮:ホウ・シャオシェン(侯孝賢)
出演:ホアン・フイチェン
チェン監督(ホアン・フイチェン)の母親アヌさんは、1950年代の台湾中部の農村で生まれ育ち、自分は同性愛者だと自覚しながらもある男性と見合い結婚する。彼女は台湾独自の弔いの仕事をしながら生活を支えていたが、ある日、二人の娘を連れて逃げ出す。しかしチェン監督は、同性愛者であることを隠さず自分たち娘より恋人を優先する母親に不満をつのらせ、やがて母と娘は会話すらしなくなる。
冒頭の場面から度肝を抜かれる。ラフな格好で寝そべる母アヌ。カメラを向けられても媚びない表情。瞳に強固な意思を感じさせる一重瞼。への字に結ばれた口元。
「1人でいいよ。部屋を借りる。公園にだって寝れるんだ。 撮影止めて!出掛けるよ」
これでも母娘の会話としては多いほうだ。
ひとつ屋根の下で暮らしていても、会話は殆どない。母と作る料理以外は接点がないと語るホアン・フイチェン監督。いったい何故この母娘は貝のように口を閉ざしてしまったのだろう。
6歳で母が営む葬式陣頭(民俗芸能を演じるパフォーマンス集団。葬式で死者の魂を導く陣頭を行う)の仕事を手伝い始め、10歳で小学校中退を余儀なくされたという監督によるナレーションが続く。
22歳で自分を産んだ母。2年後には妹ができ、姉妹で母の稼業を手伝うようになったこと。働かない父。
10歳の時、子どもたちを連れて出て以降、家には帰っていない。父とは話していない、といった成育歴が淡々と綴られる。
幼い頃の写真でも、頑なな顔をした母の姿が印象的だ。そんな母も、女友だちと食事をしたり、ゲームに興じる時の表情は至って柔和で楽しげに見える。
母は同性愛者だったのだ。監督の記憶にある母には、常に”彼女”がいた。今でこそ、アジアで初めて同性婚を合法化した台湾でも、かつての地方では家父長制が重んじられ、伝統と保守性が支配していた。女は結婚するのが当たり前、同性愛者の公表など許されない時代だったのだ。
「美人には目がなかったよねぇ」母の”彼女たち”が登場し、娘が知らない母の姿を語ってみせる。なるほど、中高年になっても美しさの片鱗を宿す華やかな人たちばかり。母の趣味が分かる。
だが、子育てを放棄し、”彼女たち”と過ごす母への恨み、学校へ行けなかった寂しさ、それでも母と一緒にいたいがために仕事を共にした…、母を恋うる自分の複雑な思いを吐露していく監督。率直な語り口が胸を打つ。
「ねぇ、私のこと好きぃ?」あどけない孫娘の問いに、照れ混じりでソッポを向きながら、「好きだよ」と返すシークエンスには、様々な葛藤を乗り越えた母の心情が可視化されるようだった。得難い秀作である。
(大瀧幸恵)
2016 年/台湾/カラー/DCP/5.1ch/88 分/
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★2021年7月31日(土)より、ポレポレ東中野にて公開
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