ミス・マルクス (原題:Miss Marx)

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監督・脚本:スザンナ・ニッキャレッリ
出演:ロモーラ・ガライ、パトリック・ケネディ、ジョン・ゴードン・シンクレア、フェリシティ・モンタギュー、フィリップ・グレーニング

1883年、イギリス。最愛の父カールを失ったエリノア・マルクスは劇作家、社会主義者のエドワード・エイヴリングと出会い恋に落ちるが、不実なエイヴリングへの献身的な愛は、次第に彼女の心を蝕んでいく。社会主義とフェミニズムを結びつけた草分けの一人として時代を先駆けながら、エイヴリングへの愛と政治的信念の間で引き裂かれていくエリノアの孤独な魂の叫びが、時代を越えて激しいパンクロックの響きに乗せて現代に甦る。

題名の『ミス・マルクス』に、本作の主訴が込められている。6番目の末娘だったエリノア・マルクスは姉たちの結婚生活をつぶさに観察してきた。そして「結婚は古い制度である。男女間は私的契約に基づくため、離婚は不要。もう嘘をつく必要はなくなり、家庭は偽善の場でなくなる」と唱えた。エリノアは終生“ミス・マルクス”だったのだ。
ノリがよく過激なパンク・ロックが流れる冒頭からして意表を突かれる。真っ直ぐ正面を見据える エリノアの顔にタイトルが被さると、時空間を超越した魂の叫びが聴こえてくる。

1885年、ロンドンはハイゲイト墓地。父 カール・マルクスの葬儀で、エリノアは両親の結婚までの経緯を語る。17歳で出会い、反対されても待ち続けた結婚。貧困と監視…、不幸の中でも2人の愛は揺るがず、いま母の元へ旅立った。父の遺志により、母と同じ墓に納められる。 両親に理想の夫婦の在り方を観る清新なロマンティシズムは、エリノア自身には生かされなかった。
労働者や女たちの権利向上、児童労働の禁止などを父の著作物や生の言葉を力強く訴えたエリノアの姿は、どんな男たちよりも美しい。高邁な理想だけではなく、説得力と実行性を伴っていたのだ。映画は活動家としてのエリノアを合理的に描写しつつ、女の顔をエモーショナルに紡ぎだす。

男女平等 を唱え、「女性は男性の奴隷ではない」と訴えるも、19世紀の英国では乗り越え難い現実があった。愛した男は、才能ある劇作家のエドワード・エイヴリング。既婚者と知りつつ、事実婚を続ける。が、エイヴリングの女性関係や嘘言、浪費癖にエリノアの心は波立つ。
少女時代、最も好きな美徳は「真実」と答えたエリノアが、男の度重なる嘘に翻弄されるのだ。エリノアの希望を全て打ち砕いたエイヴリング。エリノアが英語翻訳し、2人で演じたイプセンの「人形の家」を上演後、
「夫が出ていくのは面白い解釈だろう」「エリノアが訳した「ボヴァリー夫人」も良かった」「いっそ妻が自殺する解釈にすれば?」
と軽口をたたきながら笑いあうエイヴリングと男たちの場面は、エリノアの末路を象徴しているようで、血の気が引くほど恐ろしい。

何度約束しても嘘をつかれ、他の女たちまで騙していると分かっても、胸を病んだエイヴリングを看病し、金を融通するエリノア。医者に止められた阿片を吸うエイヴリングを諭したエリノア。男女平等の理想と現実の矛盾から、人生を閉ざしてしまう女の反省を圧倒的な描写力と19世紀の質感を精緻に再現したスザンナ・ニッキャレッリ監督に敬意を表したい。ロックファンには忘れ難い伝説のシンガー、 ニコを描いた『Nico, 1988』も観たくなった。
パンクだけでなく、ピアノソナタの絶妙な現代風アレンジや、中盤とエンディングで流れるフランス語の「インターナショナル」に唸らされた秀作である。(大瀧幸恵)


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2020年/イタリア=ベルギー/英語・ドイツ語/107分/カラー/ビスタ/5.1CH  
後援:イタリア大使館、イタリア文化会館、ベルギー大使館 
配給:ミモザフィルムズ 
©2020 Vivo film/Tarantula  
【公式サイト】https://missmarx-movie.com
★2021年9月4日(土)よりシアター・イメージフォーラム、新宿シネマカリテほか全国順次公開

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