テーラー 人生の仕立て屋 (原題:TAILOR)

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監督・脚本・共同プロデューサー:ソニア・リザ・ケンターマン
脚本:トレイシー・サンダーランド
出演:ディミトリス・イメロス(ニコス)、タミラ・クリエヴァ(オルガ)、タナシス・パパゲオルギウ(タナシス)、スタシス・スタムラカトス(コスタス)、ダフニ・ミホプール(ヴィクトリア)

ニコス(ディミトリス・イメロス)と父親は、アテネで36年間高級スーツの仕立て屋を営んできたが、不況のあおりを受けて銀行に店を差し押さえられてしまう。そのショックで父親が倒れたため、ニコスは手作りの屋台を引いて、移動式の仕立て屋をすることを思いつく。客足は遠のく一方だったが、ある日彼はウエディングドレスの注文を受け、初めて女性服の仕立てに取り組む。

足踏みミシン(!)の音に呼応し、リズミカルな音楽が流れる冒頭から作品世界に引き込まれる。ここは高級スーツ仕立て店の作業場だ。裁断用の鋏、道具類、鼻毛カッターまでオートで使えるよう手作りされている。バリッとスーツを着て、キャンディを口に含み、店に立つニコス氏。清潔な店内を見まわす。が、お客の来る様子はない。作業場に戻り、1人で食事を作り孤食。裁断、孤食。ニコス氏の日常が淡々と描かれて行く。台詞は一行もない。孤独なはずなのに何故か可笑しい。

監督・脚本を務めた女流監督ソニア・リザ・ケンターマンが、フランスのジャック・タチ監督作『ぼくの伯父さん』を参考にしたと聞いて合点がいった。ニコス氏は、『ぼくの伯父さん』のユロ氏そのものなのだ。本作が長編デビュー作というケンターマン監督。何とセンスが良いのだろう!飄々とした中に光るコメディと哀愁、軽妙洒脱な動きの面白さ、テンポ、間の良さ…。まさに現代のジャック・タチである。最近は優れた女流監督の作品に触れることが多い。本作との出会いは最も嬉しく、初見なのに懐かしい想いを蘇らせてくれた。

父の代から36年続いたアテネの高級スーツ仕立て店も時代には勝てない。10年ほど前に、国家の財政破綻で世界中を騒がせた記憶も新しいギリシャである。
店に保管されている型紙を「◯◯氏、△△将軍」と読み上げる父。「全員死んでるよ」と答えるニコス。こんなやり取りが堪らなく可笑しい。銀行からは差押え警告、父は倒れる。手作りの屋台で市場へ売りに出るのんびりした風情まで笑える。デフォルト危機を乗り越えた庶民の逞しさ、明るさが象徴されているようだ。

ふとした契機から、ウエディングドレスを仕立てることになるニコス。オーダーメイドのドレスが評判を呼び、行列が出来る仕立て屋に。外での仮縫いも、陽光燦々たるギリシャならでは。多様なデザイン、ひらひらフリルやリボン、何層にもひだが広がり、膨らんだスカートの美しいこと!シルクの生地が煌めく光を反射し、衣擦れが聞こえてくるようだ。何よりウエディングドレスを着た花嫁たちの幸せな表情を見ているだけで、至福の時を共有できる。

太陽に輝く青い海がやがて夕景に緋色のさざめきを見せる時、ニコスが呟く言葉が印象的だ。「僕はあの島で生まれた。島ではウエディングドレスは売れないんだ。葬式ばかりだからね」
結婚式は人生が最も華やぐ瞬間。連綿と続く生命の誕生をも象徴する。ニコスは葬儀に着るスーツから、生命の喜びへと舵を切ったのだ。白いシトロエンのワゴン車でフリルを棚引かせ、移動式ウエディングドレス仕立て店を営むニコスの顔は喜びに満ちている。観れば誰もが幸せになる快作。後味は美味しい太陽の風味だ。(大瀧幸恵)

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2020年製作/101分/G/ギリシャ・ドイツ・ベルギー合作
配給:松竹
後援: 駐日ギリシャ大使館
(C) 2020 Argonauts S.A. Elemag Pictures Made in Germany Iota Production ERT S.A.
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/tailor/
★2021年9月3日(金)より、新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町ほかにて公開

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