脚本・監督:堀江貴大
劇中漫画:アラタアキ 鳥飼茜
音楽:渡邊琢磨 主題歌:「プラスティック・ラブ」 performed by eill
出演:黒木華、 柄本佑、金子大地、 奈緒、風吹ジュン
結婚5年目を迎えた、俊夫(柄本佑)と佐和子(黒木華)の漫画家夫婦。佐和子が不倫をテーマにした新作を描き出すが、佐和子の担当編集者である千佳(奈緒)と不倫をしていた俊夫は、佐和子の新作に登場する夫婦が自分たちとそっくりであることに気づき、自らの不倫がバレたのではないかと考える。そして漫画のストーリーは、佐和子をモデルにしたらしき女性と自動車教習所の先生が恋に落ちる展開を迎える。
オリジナル作品の企画コンテスト「TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM」 が、『嘘を愛する女』『哀愁しんでれら』に次いで、またもや従来の型にはまらない快作を輩出した。題名は“ダブルミーニング”になっている練りに凝った秀逸さ。漫画とリアル描写との絶妙なシンクロ。間合い、リズム、テンポの良さ。軽妙洒脱な構成の脚本。その台詞を発して体現する俳優陣の完璧な演技。解釈を観客に委ねる製作者の勇気と余裕。
ほめ殺し(?)の如く列挙してしまったが、お世辞ではなく、若手監督とは思えない洗練さに平伏したくなったのが正直なところ。堀江貴大監督自身も、
「苦しめば苦しむほど、滑稽な雰囲気になって欲しいと思っていました。本人的にはシリアスな状況になっているのに、傍から見るとその姿がおもしろく見せたい」
と語っている通り、喜劇というのは登場人物が真剣に苦しんだり困ったりすればするほど観客には可笑しくて堪らないものだ。
泣かせるよりも笑わせるほうが数倍難しいというのが持論である。堀江監督は、製作現場で起きている労苦を全く感じさせない軽やかさで、厄介だけど愛おしい心理の襞を繊細に描くことに成功したのだ。
都内マンションにある漫画家の作業場から、舞台は緑に囲まれた田舎の実家へ。ネタばれになるのでストーリーには触れないが、どちらも細部のディテールが細やかで人間が暮らす実感がある。ドラマが起こる場所を繋ぐのは車内である。登場人物たちが驚き困惑したり汗をかいたり、幸福感に浸ったり…。その何れにも関わる装置が、黒木華扮する漫画家・佐和子のペン先なのだ。
漫画と現実がシンクロして行く緊張感。漫画といっても、派手で大仰なギミックを一切使わなかったのも慧眼だ。紙の上から静かに進展し、読み手のリズムに合わせてくれるのが漫画の優れた面だということを堀江監督は理解していたのではないか。
おっとり屋さんなのか、策士の凄腕なのか見当がつかない佐和子。ヘラヘラしているようで観察しまくりの夫・俊夫。黒木華と柄本佑は考え得る限り、ベストの配役だろう。視線のやり取りや力の抜き方といった身体描写力と、台詞の発し方、声のトーン、間合いなど、聴覚からの表現全てが自然体で“役を生きている”としか見えない。
物語の隠れたキーパーソンとなる佐和子の母役・風吹ジュンも2人に倣う肩のこらない名演だ。3人の人生の一時期に絡んでくる金子大地と奈緒も適役であり、力みない演技は、自らの役割を果たしていると言える。
画面に滲む柔らかな空気と浮遊感の漂う俳優陣を得て、凝り過ぎないアングルのカメラ、自然光中心のライティング、小さな呟きを拾う録音、漫画家のデスクをリアルに再現した美術といったスタッフワークも光っている。
夫婦に起きた小さな波風を爆笑必至の、実はちょっぴり怖いコメディに仕上げた堀江監督の手腕は確かだ。初秋に出色のお薦め邦画である。
(大瀧幸恵)
2021/日本/119 分/5.1ch/ヨーロピアン・ビスタ/カラー/デジタル
製作「先生、私の隣に座っていただけませんか?」製作委員会
(カルチュア・エンタテインメント、ハピネットファントム・スタジオ、日活、C&I エンタテインメント)
製作幹事:カルチュア・エンタテインメント
制作プロダクション:C&I エンタテインメント
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
TSUTAYTA CREATORS'PROGRAM FILM 2018 準グランプリ作品
©︎2021「先生、私の隣に座っていただけませんか?」製作委員会
公式サイト:https://www.phantom-film.com/watatona/
★2021年9月10日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
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