ミッドナイト・トラベラー (英題:MIDNIGHT TRAVELER)

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監督:ハッサン・ファジリ 
プロデューサー:エムリー・マフダヴィアン、スー・キム

2015年、アフガニスタン。映像作家ハッサン・ファジリが制作し、国営放送で放映されたアフガニスタンの平和をめぐるドキュメンタリーの内容が、反政府勢力タリバンの怒りを買ってしまう。出演した男性がタリバンに殺害され、ハッサンにも死刑が宣告される。危険を感じた彼は、家族を守るためにも国を出ることを決意。女優の妻ファティマ・フサイニと2人の娘を連れた、ヨーロッパまでの5,600キロメートルに及ぶ旅をスマートフォンで記録していく。安住の地を求める一家の前に、さまざまな出来事が降りかかる。

日本人にとって、2年前アフガニスタンで人道支援に取組んできた医師の中村哲さんが銃撃され、亡くなったことは記憶に新しいだろう。この原稿を書いている8月26日現在、米国軍の撤退により、アフガニスタンは事実上タリバン(2.0)の支配下に置かれた。バイデン政権以前から、米国にはタリバンの圧政よりアフガニスタンの人々を救う意図はなかったのかもしれない。刻一刻と変容する情勢の中、本作が公開される9月11日には、アフガニスタンはどのような状況下にあるのか…。映画を観たならば、ある一家に想いを馳せざるを得なくなる。

本作は、タリバンに殺害予告を受けたハッサン・ファジリ監督一家がアフガニスタンからEU圏まで3年に渡り、3台のスマートフォンで自ら撮影した前代未聞のドキュメンタリーだ。ファジリ監督は、タリバンを批判的に描いたテレビ番組で死刑宣告を受けていた。実際、主演俳優は殺害されている。
家族の安全と表現の自由を求め、“難民”になることを選択した監督一家。まさに生命を懸けた脱出劇を観客は目の前で起こっている出来事のように体験する。監督以前に父親として、映像作家である妻と、まだ幼い2人の娘を連れ、5600キロのの旅をつぶさに記録する旅を。

2015年、第1日目。監督一家はタジキスタンに居る。オーストラリアへの難民申請書類、カフェを開く事業計画も却下された。「タリバンらしい」と呟く監督。「掃いても掃いても蟻がいる。蟻の傍で食事するの?」と不満を露わにする妻。穏やかに笑う夫。蟻の生命の尊厳を守ろうとする姿勢が分かる。
「妻の作品が映画祭で上映されるんだ」
仮住まいさせてくれた友人一家に嬉しそうに語る。笑顔が愛らしく利発そうな娘たち。朗らかに笑う妻。強い愛情と絆で結ばれた家族だということが表出される幕開けだ。

2日目。友に別れを告げ、手続きのためにタジキスタンからアフガンへと出発する一家。持ち物を売るも、ソモニ(貨幣)の価値が下落していることを実感する。「ただでさえ暑いのに、ブルカを被るのは嫌だわ」妻の呟きは重い。
タリバンが女性の人権を蹂躙していることは国際社会でも大問題だ。女性の就労を禁じ、外出する際は全身を覆うブルカを着用する。規則に違反した場合は公開鞭打ち刑などが科され、10才以下の少女は教育を受けられない。歌や縫いぐるみまで禁止している。
この点だけでも、監督夫妻が娘たちの将来を考え、国を棄てたことは正しい判断だったと思える。

3日目。アフガン北部の都市 マザリシャリフ。アフガン風の服に着替えたtitを見て、「パパ、タリバンみたい! 」と笑う無邪気な娘たち。世界地図を広げ、「ギリシャからドイツを目指そう」「どこでも行くわ」。決意を新たにする一家。
この後も、様々な出来事、未曾有の体験が一家を襲う。トルコ〜ブルガリア国境で深夜の山越え。ブルガリア難民キャンプに辿り着くも、移民排斥運動の被害に遭い、路上で監督が殴られてしまう。「ブルガリア人に囲まれて、私を庇ったパパが殴られた!」恐怖に泣きじゃくる娘。「酷い国だ。アフガン並みだ」
身の危険を感じた一家は、20日間も寒い森で野宿した後、セルビアの難民キャンプに落ち着く。

ハンガリー行きの長い待機リストを見ながら、「待とう。密入国ルートは、もう御免だ。子どもたちを野宿させたくないから合法的に入国しないと」。環境の整った難民キャンプ内でクリスマスを祝い、雪投げに興じる娘たちの笑顔に救われる。こちらも思わず頬が緩む時、何度も突きつけられた体験が、多義的な神々しさに満ち、誰もが共振できる普遍性を勝ち得たことに気付く。コロナ下に於いて生きる勇気と励みを与えてくれる奇跡のような必見作である。
(大瀧幸恵)

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配給:ユナイテッドピープル
87分/アメリカ・カタール・カナダ・イギリス/2019年/ドキュメンタリー
(C) 2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.
公式サイト:https://unitedpeople.jp/midnight
★2021年9月11日(土)より、シアター・イメージフォーラム他にて全国順次公開

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