MINAMATA―ミナマタ― (原題:MINAMATA)

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監督:アンドリュー・レヴィタス
脚本:デヴィッド・ケスラー、ステファン・ドイタース、アンドリュー・レヴィタス、ジェイソン・フォーマン
原案:W・ユージン・スミス
音楽:坂本龍一
出演:ジョニー・デップ(W・ユージン・スミス)真田広之(ヤマザキ・ミツオ)國村隼(ノジマ・ジュンイチ)美波(アイリーン)加瀬亮(キヨシ)浅野忠信(マツムラ・タツオ)岩瀬晶子(マツムラ・マサコ)キャサリン・ジェンキンス(ミリー・マシーナ)青木柚(シゲル)ビル・ナイ(ロバート・“ボブ”・ヘイ)

1971年、ニューヨークに住むフォトジャーナリストのユージン・スミス(ジョニー・デップ)は、過去の栄光にすがり酒に溺れる日々を送っていた。そんな折、日本のカメラマンとその通訳を務めるアイリーン(美波)が彼のスタジオを訪れる。アイリーンは日本の大企業チッソが工業排水を垂れ流した結果人々が病に倒れていると語り、ユージンに病気で苦しむ彼らの取材をしてほしいと訴える。

たった1枚の写真が人の心を動かし、1本の映画が人生を変えることもあるかもしれない。本作を観る前と後では、あなたの心境に変化が起きているだろうか。
本作に限っては、批評云々を語る前に、創ってくれて有難うと、製作に関わった人全てに感謝の意を伝えたい。仏師が彫り上げた仏像に魂を吹き込む如く、映画にも渾身の思いが込められている作品がある。スクリーンから発されるエネルギーを観客は真摯に受け止められる覚悟を持っているだろうか。

舞台は1971年のNYから始まる。ちょうど50年前だ。半世紀を経ても未だに水俣の問題は終わっていない。新聞やネットニュースのトップ記事になることもない。日本人でありながら、水俣を未知の世界と捉える若い世代もいよう。そんな人にとって、ハリウッドスターのジョニー・デップが製作・主演を務めた本作は大きな意味を持つはずだ。
公害は人災である。深刻な健康被害、死に至る苦しみ、地元の利害相反、住民同士の軋轢…。このような重い主題に於いて、書籍より大衆的なメディアである映画の訴求力は無視できない。
ユージーン・スミスが写真という媒体を用い、水俣の問題を世界へ発信したように、デップはスクリーンを通して50年前の水俣を、そして今でも各地で発生し続けている多くの人災を伝えようとする強い警告のメッセージを世界へ向けて差し出す。

2018年はスミスの生誕100年、没後40年を記念し、大回顧展が開催された。写真で見る限りは好々爺といった風情のスミス。享年59歳とは思えないほど苦悩を刻み込んだ顔だ。死因の脳溢血は水俣で撮影中に暴行を受けた時の怪我が遠因になっているという。水俣に移り住み、水俣の人々と苦楽を共にした日々。卑劣な妨害行為にも屈せず、報道写真家の使命を全うしたスミスの遺志をデップは伝えようとする。
スミスの透徹した眼差しから照らし出された水俣の苦難。観客はデップの身体と渾身の造形を通して受け止めるのだ。

スミスはユーモア感覚に優れた人だったようだ。本作も深刻な主題の中、随所に巧まざるユーモアが込められ、試写室では笑いが起きていた。デップの飄々とした間合いが救いとなっている。憑依的演技であることは確かなのだが、あまり熱くなり過ぎず、対象との距離を保っているのもデップの良さだろう。

セルビアとモンテネグロを‘70年代の熊本に仕立てる苦労は察するにあまりあるが、意外にも違和感は少ない。スタッフもデップを始めとする製作陣の熱意に射たれた仕事ぶりを見せる。
「LIFE」誌編集中のビル・ナイ、活動家をリアルに演じた真田広之、加瀬亮。チッソに勤めながら水俣病患者の子を育て、スミスたちに宿を提供する善人の浅野忠信、妻役の岩瀬晶子、アイリーン・スミスの強い意志を体現した美波、チッソ社長國村隼とも全員が好演を見せる。
ハイライトは、「入浴中の母親が胎児性の水俣疾患者の娘を抱いている姿」の写真を再現した場面だろう。聖性を帯びた母子。暗い風呂場に射す光が希望の象徴のように美しい。
坂本龍一が担った劇伴も終始抑え目で、清やかな香気を湛えて心を洗ってくれる。
(大瀧幸恵)


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2020年製作/115分/G/アメリカ
提供:ニューセレクトカルチュア・パブリッシャーズ
提供・配給:ロングライド
配給:アルバトロス・フィルム
(C) 2020 MINAMATA FILM, LLC (C) Larry Horricks
公式サイト:https://longride.jp/minamata/
★2021年9月23日(木・祝)より、全国公開

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