モーリタニアン 黒塗りの記録 (原題:THE MAURITANIAN)

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原作:モハメドゥ・ウルド・スラヒ「モーリタニアン 黒塗りの記録」(河出文庫)
監督:ケヴィン・マクドナルド
脚本:M.B. トレイヴン、 ローリー・ヘインズ&ソフラブ・ノシルヴァニ
原案:M.B.トレイヴン
製作:アダム・アクランド、リア・クラーク、ベネディクト・カンバーバッチ
出演:ジョディ・フォスター、タハール・ラヒム、ザッカリー・リーヴァイ、サーメル・ウスマニ、シャイリーン・ウッドリー、ベネディクト・カンバーバッチ

モーリタニア人のモハメドゥ(タハール・ラヒム)は、アメリカ同時多発テロの容疑者として、キューバにあるアメリカ軍のグアンタナモ基地に収容されていた。彼の弁護を引き受けた弁護士のナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)とテリー・ダンカン(シェイリーン・ウッドリー)は、真相解明のため調査を開始する。彼らに相対するのは、軍の弁護士であるステュアート中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)だった。

実話の持つ迫真力に圧倒された2時間9分であった。冒頭、静かなピアノ曲が流れ、裸足の男が浜辺を歩いている。これからこの男の恐怖と絶望、そして未来への予兆を記した半生を共有することになるのだ。
グアンタナモ収容所については、 マイケル・ウィンターボトム監督作『グアンタナモ、僕達が見た真実』やスペイン人監督による『悪魔のリズム』などで見知っているつもりだった。本作は、無実の罪でグアンタナモ収容所に14年2ヶ月もの間、不当に拘束・拷問をされたモハメドゥ・ウルド・スラヒの手記を基にした映画である。米国は未だにグアンタナモ収容所で起きた拷問の責任を認めず謝罪をしていない。“黒塗りの記録”という副題も、スラヒが出版した手記の多くが黒く塗りつぶされていたことに由来している。それでも手記は各国で翻訳されベストセラーになった。

本作も製作は英国である。原作を読んだベネディクト・カンバーバッチが、是非とも映画化したいとプロデュースを名乗り出た。多くの人々が製作や資金提供に関わり、英国人監督のケヴィン・マクドナルド(『ラストキング・オブ・スコットランド』)が、グアンタナモ収容所の実態をつまびらかにすべく挑んだサスペンスタッチの力作である。

“黒塗り”の含意は、ジョディ・フォスター演じるスラヒの弁護士が米国へ開示請求した大量の文書の多くが黒塗りだった事実を表してもいる。一方、スラヒを死刑に!という命題を受けながら、起訴する立場であるカンバーバッチ扮する米軍中佐も、黒塗りの資料の山に埋もれるように調べながら、キリスト教徒である自らの良心と闘っていくのだ。

グアンタナモ収容所では、15 人子どもを含む(!)779人の囚人を収容していた。有罪とされたのは8人、そのうち3人は控訴審で勝訴している。つまり、殆どは無辜の民だったのだ。9.11から20年を経た今、世界が感じた絶望、恐怖、悲しみといった感情を思い起こしていた。が、同時多発テロ以降、米国は国家ぐるみでこのような非道を犯していた。国際社会や人権団体からの非難が相次ぎ、2009年にオバマ政権が閉鎖を表明したが、現在も閉鎖には至っていない。

故郷モーリタニアから不当に連行され14年もの長期間拘束と拷問を受けながら映画『ビッグ・リボウスキ』の台詞を暗記できるほど、米国文化を愛するスラヒ。目を背けたくなるような非道な暴行を受けながら、正気を保てたのはなぜなのか?タハール・ラヒム演じるスラヒが裁判官に語る言葉は涙を禁じ得ない。
「アラビア語では、自由と許しは同じ言葉です」
許しと祈り、信念がスラヒを支えたのだ。全ての人々に祈りを捧げるのは、イスラム教もキリスト教とて同じだ。

タハール・ラヒムをはじめ、白髪に顔の皺を隠さず、真っ赤なルージュを塗り、ぶれない信念でスラヒを支えた弁護士役のジョディ・フォスター。対立する立場でありながら、良心に目覚める米軍中佐のカンバーバッチ。演者陣の演技と作品に込める情熱も本作の見どころである。
(大瀧幸恵)


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2021 年/イギリス/英語・アラビア語・フランス語/129 分/ドルビーデジタル/カラー/スコープ/5.1ch/G
配給:キノフィルムズ
提供:木下グループ
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公式サイト:https:// kuronuri-movie.com
★2021年10 月 29 日(金)より、 TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

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