水俣曼荼羅

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監督:原一男
エグゼクティブ・プロデューサー:浪越宏治
プロデューサー:小林佐智子 原一男 長岡野亜 島野千尋
編集・構成:秦 岳志
整音:小川 武

裁判で否定され、「脳の中枢神経説」が採用される(『第1部 病像論を糾す』)。小児性水俣病患者である生駒さん夫婦は、長い間、差別に苦しんできた。一方、90歳を超える川上さんもまた、権力と闘い続けてきた(『第2部 時の体積』)。許すということ、旗に書かれた「怨」の文字、そして作家・石牟礼道子さんと「悶え神」について問う(『第3部 悶え神』)。

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「そのメモはなに?“謝らない”って書いたでしょ?読んで!」「謝らないだと?!」
狼狽して逃げようとする環境省役人から、メモをひったくる支援者。環境省に於いて緊迫の場面が続く。書道教室を開く溝口さんには、教え子の若い支援者が多い。
この前に、溝口さんは福岡高裁で勝訴している。水俣病の認定を求め続け、他界してから「資料がない」と申請を却下された数十年に渡る亡母の無念を晴らすためだ。母の遺影を手に、患者一行は弁護士、支援者らと熊本県庁へ向かう。熊本県知事は、政治資金パーティのため欠席。 副知事ら職員を相手に「上告しないで」と訴えるも、「謝罪はしない。控訴については環境省と相談する」。にべもない答えに 厳しく糾弾する支援者たち。「労いの言葉も言えないのか!知事は逃げたんだろう。知事に電話してもらおう!」
副知事からの伝聞は当たり障りのないものだった。
結局、熊本県は上告した。
上告され、一行が環境省へ出向いたのが先の場面だ。「環境省が、国が指示したから熊本県は上告したんだろう!」
「お察しします」を繰り返す蒼白顔の役人たち。環境大臣は姿を見せなかった。環境省の言い分は、「健康被害を起こしたことに関してはお詫びします。 上告したことは謝らない、という意味です」

おそらく、百万言を尽くしても映像の持つ喚起力、迫真力は伝わらないだろう。ぜひとも自身で確認して欲しい。原一男監督の15年に渡る取材、5年に及ぶ編集期間。6時間12分の長尺だが、泣く泣くカットした部分の方が多いという。原監督の情念と渾身が込められた力作だ。

様々なアプローチから「水俣」を映し出す。水俣病の原因と発生症状との因果関係は、とりわけ丁寧に語られる。有機水銀が原因だということは分かっていた。それが、スモン病やハンセン氏病と同様に、水俣病も末梢神経障害だとみなされてきた。その点が大きな間違いだったのだ。熊本大学医学部の教授らにより、「手先の神経ではない。大脳皮質、中枢神経をやられたことによる知覚・感覚障害なのだ」という病像論が、豊富なエビデンスにより立証される。
教授は語る。「まさに、コペルニクス的転回だったわけです。自説がひっくり返る怖さ、メンツが潰れることを初期の医師たちは避けたのでしょう」
弁護団も、海外の学者も認めた間違いを日本は放置した。そのために、水俣病と認定されない患者が多く出た。何という悲劇だろうか。

2009年には「水俣特措法」が成立する、保険手帳の交付により、無料で治療は受けられるものの、提訴すると手帳は使えない、という。こんなジレンマは聞いたことがない。それでも、患者たちは高齢の心細さもあり、僅かな一時金と保険手帳で和解する例が相次いだ。

最後に、最高裁が認定義務付けを認め、患者に立証の必要はないとされた原告団の勝訴に、弁護団側は「福岡高裁よりは踏み込んでない。 ダブルスタンダードになる。 非人道的に後退したかも」と懸念を示す。悲しくもその予感は当たった。国は熊本県に 運用を投げたのだ。
熊本県知事は、「我々は“法定受託事務執行者”だ」と繰り返す。“法定受託事務執行者”?? 確かに、知事は認定の手続きを進めた。が、申請者は全員棄却!つまり、最高裁で勝っても、申請したとしても何ら意味はないのだ。これほどの非道があろうか。

本作は辛く厳しい描写だけではない。 「恋多き女」胎児性患者のしのぶさんは、自身の恋愛遍歴を語り、恋のお相手たちもカメラへ順番に収まる。大いに笑わせてくれるハートウォーミングな場面だ。
子どもの頃から差別に晒されてきた男性患者が、新婚初夜について語る挿話は温かい涙を誘う。人間賛歌といった言葉が陳腐に思えるほど崇高な聖性を帯びている。
胎児性患者の実子さんは、ディズニーランドが大好き。今は日がなずっとディズニーチャンネルを見ている。「一番好きなのは シンデレラ。王子様と結婚するからドキドキする」。
実子さんが久々にお散歩へ出た日は陽光燦々。気分が良さそうだ。実子さんがカメラを見つめたストップモーションで映画は終わる。その眼差しが訴えるものは?
なにものにも代えがたい6時間12分であった。ぜひ、あなたも体感してほしい。
(大瀧幸恵)


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助成:文化庁文化芸術振興費補助金 (映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
製作・配給:疾走プロダクション
配給協力:風狂映画舎
2020 年/372 分/DCP/16:9/日本/ドキュメンタリー
©疾走プロダクション
公式 HP http://docudocu.jp/minamata
★2021年11月27日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラム他にてロードショー

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