監督:加門幾生
脚本:長津晴子
出演:中山優馬(主演) 夏菜 /前川泰之 灯敦生 太田星羅 瀧川広志 寺西拓人/ 平泉成 吉沢悠
安定した職業に憧れて公務員試験を受けた坂本大河(中山優馬)は、東京都の児童相談所児童虐待対策班で児童福祉司として働き始める。そこでは児童福祉司が1人40から50の家庭を担当しており、大河は過酷な現実を目の当たりにする。ある日、大河が保護し、親元へ戻った児童が、虐待を受けて死亡してしまう。事件を受けて大河は心に傷を負い、苦悩する。
題名の『189』は、児童虐待から“いちはやく”子どもを助けるための児童相談所虐待対応ダイヤルを指す。中山優馬扮する新人児童福祉司の視点を通し、実在した事件を基に幾つかの事例を描出する。新人にとって、虐待の現場はあまりにも重苦しく、辛い結果が待っていた。嘔吐、不眠、身体の震えなど、身体愁訴が顕在化しても、児相が訪ねるべき家庭は後を絶たない。
深夜の雪中、裸足で立たされる少女。足先は凍傷になり、身体には大きな痣や傷、骨折の痕跡も見られる。
「これだけで立派な傷害罪だ!」憤る医師。
少女は「自分でやった、転んだの」と言うばかり。
児相や警察の制止を振り払い、「親が迎えに来たんだ!引き渡せ!」継父は病院で騒ぎ立てる。
悪知恵の働く継父は転居を繰り返し、児相が指導措置解除する手続きを悪用する。逮捕されても、子どもの証言がない限り、親権の停止は難しいのだ。
これは明らかに、実在した事件がモデルとなっている。
「パパとママにいわれなくてもしっかりとじふんからもっともっときょうよりかあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるしてくださいおねがいしますほんとうにおなじことはしません ゆるして」
継父に書かされた反省文に涙し、憤った人は多いはずだ。
本作が興味深いのは、吉沢悠が扮する継父の人物造形を詳細且つ鋭く鮮明に掘り下げた点にある。外面が良く人当たりがいい。優雅にブラームスを聴く。職場の運送会社では、「これは副業。本業はパラリーガルでドイツ語の論文を書いている」平然とうそぶく。
明らかな誇大妄想性人格障害であろう。少しばかり齧った法律知識をかざし、「娘への躾。法的にも親には懲戒権がある」と児相や警察の追求を交わす。事勿れ主義の児相職員、所長は、少女が書いた「嘘をついてごめんなさい。全部自分がやりました。お家へ帰りたいです」との手紙を証拠だとし、引き渡してしまう。
少女が慕う母は、「お前がバカだからだ!全部お前が悪い。児相を家に入れたらぶっ殺す!」夫から日に数十回のLINEを受け、暴力とモラハラに支配・洗脳され、虐待に加担させられている。
孤立した少女が、「足を崩したな!」と継父に殴られ、反省文を「100回書け!」閉じ込められた部屋には、”返事をする”、”運動をする”といった命令書のビラが所狭しと貼ってある。その異様な意匠は、継父の実家にも同様に再現されているのだ。誇大妄想性人格障害の中には、冷たい家庭で育った場合もあると聞く。継父の成育歴が透けて見える美術スタッフの秀逸な仕事、監督の演出、調べあげた脚本の成果だろう。
中山優馬は、ジャニーズらしく猪突猛進、正義感まっしぐらで良いのだが、敵役の表現が深度に達していなければ説得力を齎さない。
主題の他にも、組織のジレンマ、強圧的に子どもたちを支配・管理する一時児童保護所、その所長は児相の出入りや子どもとの接触に難を示す。日帰り調査で出張した児相職員と弁護士をのんびりと観光案内する地方の児相、全国でシステム共有化されない危険案件……などなど呆れるほどの矛盾実態を浮き彫りにして行く。
極めて正攻法だが、今取り上げるべき喫緊の主題に挑戦した勇気を讃えたい。
(大瀧幸恵)
2021年製作/109分/G/日本
配給:イオンエンターテイメント
©映画「189」製作委員会 ヴァンズピクチャーズ
HP: http://189movie.jp/
Twitter アカウント :@189movie
★2021年12月3日(金)より、イオンシネマ他にて全国公開
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