監督・脚本:スティーヴン・キジャック『WE ARE X』、『JACO[ジャコ]』
出演:ヘレナ・ハワード、エラー・コルトレーン、エレナ・カンプーリス、ニック・クラウス、ジェームズ・ブルーア、ジョー・マンガニエロ
1987年夏、アメリカ・コロラド州のデンバー。大好きなバンド「ザ・スミス」解散の一報にショックを受けたクレオ(ヘレナ・ハワード)は、一大事にもかからわず世界が普段どおりであることにいら立ち、レコードショップの店員ディーン(エラー・コルトレーン)に行き場のない感情をぶつける。その後ディーンはヘビーメタル専門の地元ラジオ局に行き、「ザ・スミスの曲をかけろ」とDJミッキー(ジョー・マンガニエロ)に銃を向ける。そのころ、クレオと友人たちはパーティーで騒ぎながら、自身の将来に不安を抱いていた。
1987年9月、米国コロラド州デンバーのヘビメタ専門ラジオ局に1人の若い男が押し入った。目的は「一晩中、ザ・スミスの音楽を流せ!」
この日、英国の世界的人気バンド、ザ・スミスの解散が発表されたのだ。男はDJに銃を突きつける。
「ザ・スミスの追悼をやるんだ!」
とアルバムを差し出す。今夜もヘビメタ特集で攻める予定だったDJは「落ち着けよ!」と制するが、「じゃ、ここで死ぬ」。自らの喉に銃を向ける男。観念したように、ザ・スミスのアルバムに針を落とすDJ。深夜のデンバーにザ・スミスの楽曲群が流れ、感際立つ若者たち。呼応するように踊り出すカメラ。伝説と語り継がれた熱狂の一夜が始まったのだ。
映画は、ラジオ局ジャックをしたディーンの他にも、4人の若者たち1人1人に焦点を当てる。仲間に虚構の自分をアピールするスーパー店員。軍入隊前夜の青年。マドンナそっくりに飾り立てる金髪美女。ロンドンの大学進学を前にアイデンティティに悩む青年…。それぞれが家庭や自分自身の内部に傷を覆い、ディーンも含め全員がザ・スミスに救われてきたのだ。
ドキュメンタリー出身のスティーヴン・キジャック監督は、ザ・スミスのファン像をカタログ的に滑らかな視点で活写する。実話に着想を得て脚本も手がけた。ファンには涙が出るほど懐かしいアーカイブ映像を交えながら、フィクションのドラマへと紡ぐ構成も巧みだ。モリッシーが!ジョニー・マーが!インタビューを通してあの頃の息吹を伝える。
ザ・スミスのファンたちにはある種の「色」があったかもしれない。社会に居心地の悪さを抱え、自分を探しあぐねて魂の彷徨を続けてきたら、モリッシーの、ザ・スミスの先鋭的な言葉と切なくも雷のようなサウンドと出会ったのだ。卑近な例で恐縮だが、個人的にはジョニー・マーのソリッド的ギターに魅了され続けてきた。当時のPVが流れるのも嬉しい。
監督のユーモア感覚が素晴らしい。ザ・スミスの楽曲を流し終わった後、「オーソン・ウェルズです。ただいまお送りしているのは『宇宙戦争』です」。全米を大騒動に巻き込んだ伝説のラジオドラマをDJにパクらせる場面は爆笑必至だ。
DJの人間味溢れる人物造形から、ディーンが心を開き、「ザ・スミスは僕の生命の恩人なんだ」と語り出すまでの自然な心理描写が鮮やかだ。
87年という近過去なのに、なぜかノスタルジックな空気を纏っているのは、この2年で音楽を取り巻く世界が変わり過ぎたからだろう。
ザ・スミスのファンならずとも観てほしい快作である。
(大瀧幸恵)
2021年/アメリカ=イギリス映画/英語/カラー/シネスコ/91分/映倫:G
配給:パルコ
公式サイト:https://sotw-movie.com
©2020 SOTW Ltd. All rights reserved
★2021年12月3日(金)より、 TOHOシネマズ日比谷・渋谷シネクイント他にて全国公開
この記事へのコメント