クレッシェンド 音楽の架け橋 (原題:CRESCENDO)

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監督:ドロール・ザハヴィ
脚本:ヨハネス・ロッター、ドロール・ザハヴィ
出演:ペーター・シモニシェック(『ありがとう、トニ・エルドマン』)、 ダニエル・ドンスコイ (「ザ・クラウン」「女王ヴィクトリア 愛に生きる」)、サブリナ・アマーリ

世界的指揮者のエドゥアルト・スポルク(ペーター・ジモニシェック)は、紛争中のパレスチナとイスラエルの若者たちを集めてオーケストラを編成し、平和を祈るコンサートを行うという企画への協力を承諾。オーディション以外にもさまざまな試練を乗り越え、約20人の若者たちが楽団員に選出される。テロ攻撃や報復の連鎖で敵対し合う彼らは激しく衝突するが、スポルクが行った合宿で3週間にわたり共に過ごすうちに、少しずつ互いを理解していく。ようやく心を一つにした若者たちだったが、コンサート前日に思わぬ事態に見舞われる。

原題の「crescendo(クレッシェンド)」とは、”だんだん強く、(感情・動作を)次第に強めて”という音楽の強弱記号を指す。実在するウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団がモデルである。イスラエルとパレスチナから集った若い演奏者たちを率いる指揮者役は、日本でもヒットしたドイツ映画『ありがとう、トニ・エルドマン』のペーター・シモニスチェク。本作ではあの父親を演じた人と同一人物とは思えない威厳と貫禄を示している。それもそのはず。指揮者のモデルは、現代クラシック界の大指揮者にして名ピアニスト、ダニエル・バレンボイムなのだ!

劇中でも冒頭から、クラシックの名曲がドラマ場面と絶妙にリンクして使われる。パッヘルベル「カノン ニ長調」、ドヴォルザーク交響曲第9番「新世界より」第2楽章、ヴィヴァルディ「四季」より《冬》、バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調より《前奏曲》」など……。クラシックファンには嬉しい選曲だ。

監督・脚本(共同)を務めたドロール・ザハヴィは、
「本作のタイトル『クレッシェンド』には、成長するという意味も込めています。この物語の最後に、若い演奏家たちは新たな視点を持つ素晴らしい人間に成長するのです」
と語る。
そして、大団円のラヴェル「ボレロ」へ向け、団員たちは違う楽器、違う演奏者へと襷を繋ぎつつ、徐々に音量を増しながら大音響のクライマックスが訪れる。楽曲「ボレロ」もこの映画も、全体が「クレッシェンド」なのだ。若い演奏者たちの成長を見守り、共振しながらエンディングへと結実する……。見事な構成だ。

群像劇としての視点も面白い。様々な出自、立場、事情を抱えた若者たち。個性が強過ぎてオーディションから追い出される奏者、イケメンと囃され技術にも自信のあるナルシスト、恋する男女、パレスチナ側の若者たちは、イスラエルのテルアビブで行われるオーディションに参加するため、厳しい検問所を通らなくてはならない。家族からの「戦車で家を壊す連中と一緒に演奏するなんて!」という反対を押し切って……。

本作の主題が見えてくる。イスラエルとパレスチナの紛争、根深い対立を音楽によって融和へ導こうとする意図なのだ。本来は純粋であるべき音楽の世界に、政治や宗教、風習、民族といった歴史的経緯による壁が立ちはばかる。若く柔軟な感性を抱く団員たちを持ってしても、憎悪・分断の意識から逃れようがない。

コンサートマスターに指定されたパレスチナの奏者がリハーサルをしようとしても、イスラエル側の団員たちは「敵だ!」「パレスチナはアラブ人のもの!」と、怒鳴り合いになり、演奏どころではない。日本人からは想像もつかない程の憎しみに支配された若者たちのメンタリティに衝撃を受けた。停滞し続けている政治的和平の動きと同じである。

事態を打開すべく、指揮者が設けた南チロルでの合宿に於けるグループセラピーの描写が興味深い。ロープを挟み、二手に分かれて相手への不満を叫び合うのだ。「テロリスト!」「人殺し!」と激しく罵り合い、”負の感情”を爆発させる。中には実際に過呼吸で倒れた俳優もいたとのこと。生の人間性が剥き出しになる迫真力に、ドキュメンタリーを観ている錯覚を覚えた。

指揮者の「平和を望むか」という問いに対し、徐々に”だんだんと”「イエス」を選択す過程は、まさに「クレッシェンド」。団員たちの想いを乗せた演奏は、技術を超えてエモーショナルに響いてくる。遡れば、イスラエル人とパレスチナ人の根深い相互不信の背景にはヨーロッパがある。ユダヤ人、パレスチナ人双方に対しても責任を負うドイツが本作を製作した点に大きな意味があろう。観るうちに平和を希求する想いが「クレッシェンド」して行く秀作である。
(大瀧幸恵)

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2019年/ドイツ/英語・ドイツ語・ヘブライ語・アラビア語/112分/スコープ/カラー/5.1ch/ #makemusicnotwar/
© CCC Filmkunst GmbH
配給:松竹  
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/crescendo/
★2022年1月28日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

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