白い牛のバラッド (英題:Ballad of a White Cow)

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監督:ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダム 
脚本:ベタシュ・サナイハ、マリヤム・モガッダム、メフルダード・クーロシュニヤ
撮影:アミーン・ジャアファリ
出演:ミナ:マリヤム・モガッダム、レザ:アリレザ・サニファル、ババクの弟:プーリヤ・ラヒミサム、ビタ:アーヴィン・プールラウフィ、レザの同僚:ファリド・ゴバディ、ミナの隣人:リリー・ファルハドプール 

シングルマザーのミナ(マリヤム・モガッダム)は、テヘランの牛乳工場で働きながら聴覚障害のある娘ビタを育てている。ある日、裁判所に呼び出された彼女は、1年前に殺人罪で処刑された夫のババクが無実だったと告げられショックを受ける。裁判所に通い、死刑宣告をした担当判事に謝罪を求める中、ミナは夫の友人だと名乗る男性レザ(アリレザ・サニ・ファル)の訪問を受ける。

イランという国について深く思いを馳せると共に、新たな価値観を創出させてくれる秀作だ。「映画は世界に繋がる窓」である。イランに関する自身の浅薄な知識は、名匠アッバス・キアロスタミやアスガー・ファルハディの一連の作品、ゴルシフテ・ファラハニ、ジャファル・パナヒといった日本公開作品から得た情報が殆どを占める。

政治、文化、宗教、風習、言語などの違いはあれど、人間社会を描く表現方法は世界共通との思い……。今回もイラン社会の過酷な現実を炙り出すと同時に寄り添い、対峙し、映画に昇華させる作り手に出会えた歓びに打ち震えた。だが、本作はイランでは劇場公開されていない。自国の優れた著作物を観ることも読むこともできないイランの人々が置かれた体制下に、言葉を失う。

絞⾸刑シーンを映像化したサイード・ルスタイ監督作『ジャスト 6.5 闘いの証』の力強さ、躍動感は記憶に新しい。表現規制の中で、映画監督たちは思い思いの主訴を自作に込める。本作の監督は、主演も兼ねたマリヤム・モガッダムと、ベタシュ・サナイハである。イランの単親家庭のうち、シングルマザーの家庭は 83.4%だという。保守的な価値観に縛られ、多くは困窮を極めている生活実態が、本作でも詳しく描かれており、深刻さに胸が詰まる。

主人公ミナが聴覚障害を持つ幼い娘との暮らしを余儀なくされたのは、本作のもう一つの主題である死刑制度だ。イランは死刑執⾏件数が世界 2 位(1位はもちろん中国)。法律の運用は、「⽬には⽬を」との格⾔通り、イスラム法に則った形で制定されているため、殺⼈を犯したら、被害者家族は同害報復罪(キサース)という根拠から加害者の死刑を求めることができる。だが、もしそれが冤罪だったら?

映画は抑制的なフィクスのカメラワークで、先ずミナの視点による世界観を淡々とスケッチする。画面は静謐のうちに抵抗の気高さを表してやまない。
中盤からは「死んだ夫の知人」と称して訪ねてきた男の視点へと変移する。転変した視座はイランの更なる問題点が炙り出されていく。巧みな脚本だ。静謐にして抑えた表現、生活音だけの音響構成が緊張感を漲らせる。
男の目的とは何か?男は何者か?ミナと娘にどういう関わりを持つのか?展開から目が離せない。終盤にミナの取る行動は、観客に課題を持ち帰らせることだろう。イラン国民が置かれる現実社会に思考を巡らす好機を逃さないでほしい。観客は作品を完結させる最後の参加者。劇場の椅子は創造の場である。
(大瀧幸恵)


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2020年/イラン・フランス/ペルシア語/105分/1.85ビスタ/カラー/5.1ch/日本語字幕:齋藤敦子
公式サイト: https://longride.jp/whitecow/
★2022年2月18日(金)より、 TOHOシネマズ シャンテほか全国公開


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