監督・撮影・語り:信友直子
プロデューサー:濱潤、大島新、堀治樹
制作プロデューサー:稲葉友紀子
編集:目見田健
撮影:南幸男、河合輝久
東京で働くひとり娘の「私」は、広島県呉市に暮らす 90 代の両親を 1 作目完成後も撮り続けた。
2018 年。父は家事全般を取り仕切れるまでになり日々奮闘しているが、母の認知症は進行し、さらに脳梗塞を発症、入院生活が始まる。外出時には手押し車が欠かせない父だったが、毎日 1 時間かけて母に面会するため足を運び、励まし続け、いつか母が帰ってくるときのためにと 98 歳にして筋トレを始める。その後、一時は歩けるまでに回復した母だったが新たな脳梗塞が見つかり、病状は深刻さを極めていく。
そんな中、2020年 3月に新型コロナの感染が世界的に拡大。病院の面会すら困難な状況が訪れる。それでも決してあきらめず奮闘する父の姿は娘に美しく映るのだった。
「60年も有難うなぁ。あの世でまた仲良く暮らしましょう」
今際の時、最愛の伴侶にこんな言葉をかけられたら?
「終わったね。(遺影と遺骨に向かって)おかえりなさい」
……これは幸せな夫婦、その間に生まれた幸せな娘が辿った、幸せな映画なのである。前作から4年。多くの観客に愛され、共感を誘ったドキュメンタリーが帰ってきた。認知症を患った母の看取りを「さよなら」ではなく「おかえりなさい」と表現したところに、信友直子監督の優しさ、慈しみ深さが凝縮されている。病院で、施設で、またコロナ下により、会うことも叶わなくなっていた母が、我が家に「帰ってきた」のだ。
認知症に続く脳梗塞、症状の悪化、再発……。胸引き裂かれ、慟哭する日もあったに違いない起伏の激しい日々を、娘且つ監督は、穏やかな陽だまりの中に描き出す。2人で淹れる温かい珈琲、母が丹精込めていた庭の紫陽花、父が完食したハンバーグ、身近なモチーフが愛おい記憶と繋がり、幸せの連鎖を呼ぶ。
日常の機微を丁寧に記録し続ける監督の手法は、娘である点を最大限に活かしている。決して醒めた視点や”観察映画”ではない。そのせいか、自身の病歴を映した「おっぱいと東京タワー 〜私の乳がん日記〜」も含め、信友監督の作品は何れも観客が登場人物と同化してしまうのである。一緒に泣き、喜び、葬る、生きる……。観終わった後には、温かい心地好さに包まれることだろう。
老いを扱った映画だけに、老老介護や医療の在り方などの問題も透けて見えるが、決して”社会派”映画にはしていない点が、普遍性を勝ち得た秘訣だろう。誰もが直面する個人的な体験が、市井の人々の潜在化した声を掬いあげている。老いてくると身体的な辛さと共に、事象を面白可笑しく消化する老人力も増すものだ。
「今年もぼけますから、よろしく」という母の”新年の抱負”や、
「ワシが死んだら、おっかぁが…死ねんじゃろ」
と、98歳でウェイトトレーニングを始める父。その父たるや、自身が手術した翌日にはスタスタ歩いてリハビリへ!1週間後に退院して早速、母を見舞うなど、勇気づけられる逸話の多さ、楽しさ。信友監督の撮影意図はあくまで優しくユーモラスに……だ。父母の発言と行動をシームレスに描き、やがて一つの家族の有り方がダイナミックに顕在化する仕組み。
信友監督には、今後も掌のように愛おしい作品を作り続けていってほしい。前作を未見の人にも分かりやすいよう、冒頭にはダイジェスト版が用意されている。
次回は、100歳を迎え、市からお祝い金を頂いた後、ハンバーグセットをペロリと平らげてしまうお父さまが主役だろうか?まだまだ「ぼけますから、よろしく」とは行かなさそうだ。
(大瀧幸恵)
シネジャスタッフによる信友直子監督インタビューはこちらです。
2022 年/日本/ドキュメンタリー/101 分/ビスタ/2.0ch
製作プロダクション:スタッフラビ
製作:フジテレビ、ネツゲン、関西テレビ、信友家
配給・宣伝:アンプラグド
©2022「ぼけますから、よろしくお願いします。~おかえり お母さん~」製作委員会
公式サイト:https://bokemasu.com/
★2022年3月25日(金)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
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