オートクチュール (原題:Haute Couture)

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監督・脚本:シルヴィー・オハヨン
出演:ナタリー・バイ『たかが世界の終わり』、リナ・クードリ『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』、パスカル・アルビロ『MISS ミス・フランスになりたい!』、クロード・ペロン『エミリー、パリへ行く』、クロチルド・クロ『パリの家族たち』

エステルは引退を間近に控えたディオール オートクチュール部門の孤高のお針子。ある日、地下鉄で若い女性ジャドにハンドバッグを盗まれる。だが、警察に突き出す代わりに、エステルは彼女の世話をすることにした。なぜなら、エステルの唯一の財産――ドレスを縫い上げる卓越した技術、クリエイションの真髄――を受け継ぐ相手になり得ると直感したからだった。時に反発し合いながら、時に母娘のように、そして親友のように、厳しいオートクチュールの世界で、エステルはジャドに“指先から生み出される美”を授けてゆく・・・。そして、エステルにとっての最後のショーが目前に迫っていた。

全編から微かな衣擦れの音が聞こえるようだ。自然光よる室内撮影は、光の加減により最高級生地が幾重にも透き通って見える。細心の注意をはらい、大胆なカットを刻むハサミ。手縫い糸で紡がれる繊細な刺繍。静謐な中に響き渡る職人の仕事が醸す空間は心地好い緊張感が漲っている。
本作は、“指先から生み出される美”を具現するディオールのアトリエが舞台だ。気迫と究極のエレガントな時間をモルトにした豊かな達成……。

パリ、モンテーニュ通りに聳える世界最高峰のメゾン、クリスチャン・ディオール。このアトリエがセット撮影だと知り、心底驚いた!シルヴィー・オハヨン監督(脚本も)の、お針子たちへ向ける敬意、服地の立て掛け方、機能的で仕事がし易い作業台、整理されつつ伝統が感じられる室内意匠などなど、”映画の神は細部のディテールに宿る”ことを体現しているのだ。

オートクチュールの世界を、過酷なファッションビジネスでも、巨大な権力者、富裕層と庶民という対立でもなく、お針子職人の視座からアプローチしたことが面白い。オートクチュール部門のアトリエ責任者であるエステルに扮するナタリー・バイは、ディオールの1級クチュリエールから指導を受け、高級生地の扱い方、繊細な縫製、ハサミの使い様、お針子たちへの指導など、一流お針子としての自負と矜恃を表現してみせる。言葉を発しただけで、その場の空気がピンと張り詰める様子が画面から伝わってくるのだ。エレガントにして乱れることのない人物造型が、作品に洗練された爽やかさと前向きさを齎した。

対する団地住まいの移民二世ジャド役は、先日ご紹介した『ガガーリン』や『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』などの出演で躍進著しいリナ・クードリ。移民仲間とスリ稼業をしながら、鬱病の母を世話しているヤングケアラーの側面も持つ複雑な役柄だ。異なる世界に属したエステルとジャドの人生がどのように交差していくのか?化学反応を起こすのか?ご注目頂きたい。

実は、エステルもジャドも、”環状線を越えてパリへ入ってきた”設定である。日本人には理解しにくいが、オハヨン監督は、
「環状線を越えてきた私は道徳的な価値観や仕事に対する姿勢に頑なで、特に若い頃は自分の正当性を周囲に認めさせようと必死でした。ジャドの『誰もが自分をバカにしている』という怒りと、エステルの『仕事で鍛えられた背筋』の両方を持ちながら生きてきた」
と語っている。強烈な野心と闘志を秘めた人物像という含意だろうか?

丁寧に描き込まれた造形は、エステルの許から去って行った娘、母性を求めるジャド、お互いの欠乏を埋める存在だともいえよう。ベテランお針子の直感から、ジャドの器用さを見抜く場面が興味深い。時期限定の擬似母娘だったとしても、伝統文化は確かに受け継がれた。去り行くエステルと前途洋洋の少女……。本作もシスターフッド映画に入るのかもしれない。
エンディングに流れるシャンソンの余韻からも、パリの香気が漂ってくる。
(大瀧幸恵)


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2021 年|フランス|カラー|シネスコ|5.1ch|100 分|G
© 2019 - LES FILMS DU 24 - LES PRODUCTIONS DU RENARD - LES PRODUCTIONS JOUROR
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
公式サイト:https://hautecouture-movie.com
ハッシュタグ:#映画オートクチュール #DIOR
公式 twitter:https://twitter.com/hautecouture325
公式 Instagram:https://www.instagram.com/hautecouture_325/
★2022年3/25(金)より、 新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国公開

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