私はヴァレンティナ (原題:VALENTINA)

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監督・脚本:カッシオ・ペレイラ・ドス・サントス
出演:ティエッサ・ウィンバック、グタ・ストレッサー、ロムロ・ブラガ、ロナルド・ボナフロ、マリア・デ・マリア、ペドロ・ディニス

ブラジルの小さな街に引っ越してきた 17 歳のヴァレンティナ。彼女は出生届の名であるラウルではなく、通称名で学校に通う手続きのため蒸発した父を探している。新しい友人や新生活にも慣れてきたが、自身がトランスジェンダーであることを伏せて暮らしていた。そんな中、参加した年越しパーティーで見知らぬ男性に襲われる事件が起きる。それをきっかけに SNS でのネットいじめや、匿名の脅迫、暴力沙汰など様々な危険が襲い掛かるのだった…。

街を闊歩する少女。伸びやかな長い脚、ロングヘア、盛り上がった胸……。どこから見てもヴァレンティナは瑞々しい美少女だ。友だちとクラブへ向かうも、身分証が偽物だと追い返される。仕方なく取り出したもう1枚の身分証。
「おい、これは弟のか?」
「5年前の私よ!」
ブラジルというのは不思議な国だ。2013年に同性婚が法制化され、LGBTQの権利保障に関しては先進国のように思える。映画にも細かく描写されるが、学校内ではトランスジェンダーの子どもは通称名で登録する法律さえある。
にもかかわらず、トランスジェンダーの中途退学率は82%、平均寿命に至っては35歳だという。トランスジェンダーというだけで言われなき暴力や迫害を受け、殺されている現実。宗教観も影響しているのだろうか。法律や制度が整備されたとしても、人々の内心までは支配できない。根付いた偏見や差別意識を排除することは容易ではないのだ。

ヴァレンティナが母と引越したのは、緑豊かな田舎町。転校先では、「通称名を用いるのは初めての事例」と教員が戸惑うも、「法律で認められている」と母が主張し、学校側は支援を約束する。
大きなお腹を抱え学校に通うシングルマザーやゲイの友だち、家出はしたけれど、親権者としてヴァレンティナの通称名登録手続きのために姿を現す父。ヴァレンティナは周囲の理解者に恵まれている。それでも、ヴァレンティナが受ける数々の嫌がらせ、脅迫、手酷い暴力の描写には言葉を失ってしまう。

街の人々が、「健全な環境のために、件の生徒を転入させないで」と署名を集め、陳情書を学校へ提出する場面は衝撃だ。”健全な環境”とは何だろう?そうまでしてトランスジェンダーが教育を受ける権利を妨害したいのか。実際にブラジルでは学校教育から排除されたトランスジェンダーが、学歴がなく職に就けず、生き延びるために性労働をしているケースも多いという。胸の痛くなる現実だ。

トランスジェンダーが置かれる 過酷な現状をこれでもかと描く本作は、終盤に明るい兆しが見える。爽やかな幕切れを用意したのは、本作が長編デビューというカッシオ・ペレイラ・ドス・サントス監督。正攻法な分かりやすい表現に好感が持てる。
主演は、トランスジェンダーで77万人の登録者を持つYouTuber、ティエッサ・ウィンバック。ヴァレンティナ役をイキイキと演じ、映画に溌剌さと活気を齎せている。
(大瀧幸恵)


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【2020年/ブラジル映画/ポルトガル語/95分/スコープサイズ/カラー】
配給:ハーク
配給協力:イーチタイム
後援:ブラジル大使館
(C)2020 Campo Cerrado All Rights Reserved.
公式サイト:https://www.hark3.com/valentina/#
★2022年4月1日(金)より、新 宿 武 蔵 野 館 ほ か 全 国 順 次 公 開

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