監督:トム・ドナヒュー
製作:トム・ドナヒュー、ケイト・レイシー、イラン・アルボレダ、ジョアナ・コルベア
出演:マリオン・ドハティ、マーティン・スコセッシ、ロバート・デ・ニーロ、ウディ・アレン、クリント・イーストウッド、ロバート・レッドフォード、ダスティン・ホフマン、アル・パチーノ、メル・ギブソン、ジョン・トラボルタ、グレン・クローズ
マリオン・ドハティ氏は、ハリウッドでキャスティングの仕事に長年携わってきた。彼女はスタジオシステム方式よりもっと自由で、より多様な配役を実践。ジョン・ヴォイトやダスティン・ホフマン出演の『真夜中のカーボーイ』、ジョン・トラヴォルタ出演の『グリース』、グレン・クローズ出演の『ガープの世界』などの作品に相次いで携わる。
これほどドキドキワクワク胸が高鳴るドキュメンタリーは他にないだろう!綺羅星のような映画スターや監督たちが矢継ぎ早に登場しては、”ある女性”を褒めそやし、感謝の言葉、熱い賛辞、映画への貢献度、偉業の数々を証言するのだから……。観客を感動させ、生涯忘れ得ぬ人物像の”あの役この役”が、どのように決まったか?裏話が語られる。知的好奇心を刺激してくれる89分だ。
原題は『Casting By』である。映画ファンなら作品のオープニングで目にする、キャスティング〜誰々〜、という仕事。映画を成功に導くには、如何に配役の質と創造性が重要か強烈に伝わる内容だ。実は、”Casting By”には皮肉な含意も込められている。決してキャスティング”ディレクター”と表記されないのはなぜか?米国アカデミー賞にもキャスティング部門賞はない。
キャスティングの仕事が過小評価され過ぎているとして、一時期、クレジットを求めたり、アカデミー賞への部門創設を巡り、映画人が要望した動きはあった。が、”ディレクター”という表記に、映画監督組合が難色を示す。
組合を代表してテイラー・ハックフォードは語る。「基本的に”監督”は1人だ」←撮影”監督”はいるのに?「配役を決めるのは監督だ」←ウディ・アレンのように人見知りで俳優と目も合わせられない監督は?結果、クレジットはディレクターではなく、Casting By〜に留まり、アカデミー賞部門賞も却下された。ちなみに、英国アカデミー賞やTV番組を対象としたエミー賞には、キャスティング部門がある。
こんなふうに色々ツッコミを入れたくなるのも、多様性を標榜するアカデミー組合が、未だに強固な白人男性至上主義に支配されている証左だ。
元々は、キャスティングは事務的な仕事で、契約俳優のリストから役柄の適否など関係なく選ぶだけだったという。「配役担当には自分の意見はない。権限もない」と往時のスタジオシステムを知る監督ノーマン・ジュイソンは語る。
そんなハリウッド流の仕事と一線を画したのが、NYにいたマリオン・ドハティ。オフ・ブロードウェイ、オフオフ・ブロードウェイまで足を運び、基礎のできた舞台俳優を見つけては、TVドラマに送り込んだ。古くはジェームス・ディーンもその1人。遅刻したジェームス・ディーンが降ろされそうになっても監督を説得し、才能を認めさせた。
マーロン・ブランドを真似たウォーレン・ベイティには独自性を出すよう助言。ベイティと『ボニーとクライド/俺たちに明⽇はない』で共演したジーン・ハックマン、ダスティン・ホフマンと同じアパートに住んでいたロバート・デュバルは「美男ではないが魅力がある」とプッシュ。TVドラマでドハティの期待を裏切ったと猛省したジョン・ボイトを『真夜中のカーボーイ』に監督らの反対を押し切って推薦し、ダスティン・ホフマンと絶妙のコンビを組ませた。
そのダスティン・ホフマンを原作のイメージとは全く違う『卒業』のベンジャミン役に起用し大成功を収めた立役者もドハティだ。ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ロバート・レッドフォード、グレン・クローズ、ジョン・リスゴー、ベット・ミドラー……。列挙したらキリがないが、逸話の中でも白眉なのが、『リーサル・ウェポン』の主演コンビが決定した裏には、ドハティの人徳を物語る秘話だ。思い出しただけで胸が熱くなる。”そこ”にドハティがいなければ、ダスティン・ホフマンも『リーサル・ウェポン』コンビも誕生していなかったかもしれないのだ!
斯様にキャスティングとは、単に振り分ける事務作業ではなく、創造と発明、慧眼さ、目利き力、洞察力を必要とするクリエイティブな仕事なのである。ドハティなしでは、60〜70年代にかけてのアメリカン・ニューシネマの輝きも躍進も、存在すらしていなかったさえ思えてくる。そんなドハティも時代の波には抗えない。スタジオシステムは崩壊し、映画業界は再編成され、合併、M&Aの嵐が訪れる。
キャスティングに求められるのも手っ取り早い収益や分かりやすく外見だけ重視したものになった。ドラスティックな流れの中で、請われてNYからハリウッドに渡ったドハティはワーナーから解雇される。「こんな作品を私のキャリアに加えたくない」と嘆くような低質の仕事が増え、自分の意見は通らず、これまでに協業した名監督たちはメガホンを撮らなくなった……。「そこで終わった」とドハティは悟る。
だが、ドハティ亡き後も薫陶を受けた後進たちが、今もウディ・アレンやマーティン・スコセッシ作品などを手掛け、精神は継承されていることは確かだ。表立った名誉から阻まれてきた仕事に与えられた最⾼賞のようなドキュメンタリー。映画ファン必見である。
(大瀧幸恵)
2012年/アメリカ/89分/カラー/DCP/
配給:テレビマンユニオン
配給協⼒・宣伝:プレイタイム
©Casting By 2012
【HP】https://casting-director.jp/
【Twitter】https://mobile.twitter.com/castingby_jp
【Facebook】https://www.facebook.com/castingdirector.movie/
★2022年4月2日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国公開
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