監督:脚本:ミア・ハンセン=ラブ
出演:ヴィッキー・クリープス、ティム・ロス、ミア・ワシコウスカ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー
映画監督同士のカップル、クリス(ヴィッキー・クリープス)とトニー(ティム・ロス)は、アメリカからスウェーデンのフォーレ島にやって来る。創作活動も夫婦関係もマンネリ気味の二人は、数々のイングマール・ベルイマン監督作品の舞台となった島でひと夏を過ごし、インスピレーションを得ようとする。監督としてまだ駆け出しのクリスは、自身の初恋を基にした脚本の執筆に取り掛かる。
20世紀最高の映画監督は、イングマール・ベルイマンとヴェルナー・ヘルツォーク だと(はい、少数派です)確信している身にとって、フォーレ島オールロケの本作は見逃せなかった。スウェーデン本土の南東、バルト海に浮かぶ島。ベルイマン作品の多くはこの島を舞台に撮られ、また終の住処となった場所でもある。
主人公カップルが過ごす「ベルイマン・エステート」は、世界中の芸術家、学者、ジャーナリストらに開放された施設。利用希望者は、申請時に文化的・芸術的な貢献で島のコミュニティへ還元する旨をプレゼンする。申請が通れば無料で宿泊施設に泊まることができる滞在型コワーキングスペース島なのだ。
ひと夏を過ごすことになったトニーは、ベルイマン・スィートと呼ばれるベルイマンの個人宅を仕事場に選び、パートナーのクリスは、その隣にある風車小屋を気に入る。フェリーで島へ向かう冒頭場面から2人のワクワク感が伝わるようだ。映画で見覚えのある埠頭、燦く陽光を透過する海、穏やかな風、さやぐススキの穂、2人を歓迎するように囁く鳥たち……。カメラは2人の目線となり、憧れの島へ上陸を果たす。
ファンにとっては、<聖地巡礼>という言葉が通俗的に聞こえてしまう程、侵しがたい地である。トニーやクリスが過ごす部屋は、天井から壁、床までウッディな素材が使われ、温もりが感じられる。シンプルな北欧家具、ナチュラルで洗練されたインテリアのミニマムさ加減が心地好い。決して華美ではない。ベルイマン作品の台詞にもあったが、御手洗は外だったりする。水の出も悪い。
セレブ御用達の贅沢な施設とは異なるのだ。ベルイマンの精神世界に身を置くような神聖さ。つい先程まで飛行機を嫌がり、娘に会いたいとグズっていたクリスが「素敵過ぎる!」と感嘆する高揚感は観客と同化する。
序盤は、トニーが”ベルイマン・サファリツアー”に参加したり、アプリで島の地図を見たり、 ベルイマンクイズ大会(!)の優勝者に会うなど、さながら観光ツアーガイドの趣きだ。
「あれが『鏡の中にある如く』を撮った場所です。今は石壁しか残っていません。室内の撮影はセットでした。当初はスコットランド・ロケの予定でしたが、予算の事情でスウェーデンに」
トリビア情報がファンには嬉しい。
ベルイマン財団の人らと交わす、「子どもは9人いました。母親は6人。最後の妻イングリッドが関係を修復しようと、ベルイマン60歳の誕生日に一同が会したんです。死後、家を残すよりも、お金を分けたんですね」といったゴシッピーな話題にも巨匠の人間味が感じられる。
ベルイマンに染まった映画かというと、そうではない。ベルイマン調の演出もなければ、オマージュのような場面もない。完全にミア・ハンセン=ラブ監督の話法になっている。本作はミア・ハンセン=ラブの7作目だが、基本的に自伝要素の濃い、今までの作風を踏襲しているといえよう。
ハンセン=ラブと名匠オリヴィエ・アサイヤス監督が公私にわたるパートナーだったことは知られている。年齢差、映画監督同士という関係からみても、トニーとクリスに重ねていることは明らかだ。クリスが構想中の脚本をトニーに語り聞かせて意見を求めると、その場面にフェイドインする。謂わば劇中劇が可視化された入れ子構造は、作為性がなく自然に始まる。
劇中劇の舞台もフォーレ島。ヒロインのミア・ワシコウスカの忘れ難い相手を演じるアンデルシュ・ダニエルセン・リー。2人が放つ透明感溢れる美しさがフォーレ島の風土に似つかわしい。「一度目は早すぎ二度目は遅すぎた恋」。劇中劇までもが、ハンセン=ラブの自伝的要素かどうか不明だが、哀しみや切なさ、教会の描写、最初から禁忌を纏った紡ぎ方は如何にもハンセン=ラブらしい。
場面は往還を繰り返し、いつしか観客はクリスとヒロインの造形が渾然一体と化したことに気付く。これは構想していた脚本の映画撮影なのか、それともクリスの夢現か……。間(あわい)を心地好く漂ううちに、映画は終盤を迎える。ハンセン=ラブが仄めかす、埋められない空隙。虚像と実像が重なった虚実皮膜を楽しみつつ、スタイリッシュな映像、軽やかに弾む劇伴に身を委ねる快適さを覚えるだろう。
(大瀧幸恵)
2021年|フランス・ベルギー・ドイツ・スウェーデン|英語|113分|カラー|スコープ|5.1ch|
提供:木下グループ
配給:キノフィルムズ
後援:スウェーデン大使館
© 2020 CG Cinéma ‒ Neue Bioskop Film ‒ Scope Pictures ‒ Plattform Produktion ‒ Arte France Cinéma
公式サイト:https://bergman-island.jp/
★2022年4月22日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国にて順次公開
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