監督:ジャック・オディアール 『君と歩く世界』『ディーパンの闘い』『ゴールデン・リバー』
脚本:ジャック・オディアール、セリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』、レア・ミシウス
原作:「アンバー・スウィート」「キリング・アンド・ダイング」「バカンスはハワイへ」エイドリアン・トミネ著(「キリング・アンド・ダイング」「サマーブロンド」収録:国書刊行会)
出演:ルーシー・チャン、マキタ・サンバ、ノエミ・メルラン『燃ゆる女の肖像』、ジェニー・ベス
コールセンターで働く台湾系フランス人のエミリー(ルーシー・チャン)は、ルームメイトの募集広告を見てやってきたアフリカ系フランス人の教師カミーユ(マキタ・サンバ)と関係を持つ。一方、大学に復学した32歳のノラ(ノエミ・メルラン)はポルノスターだと誤解され、大学にいられなくなる。職探しのため不動産会社に行った彼女は、会社を手伝っていたカミーユと出会う。
ジャック・オディアール監督の映像には”説明”がない。登場人物は映画が生まれる前から、ずっとそこで息づき、生活を営んでいた。プロットの都合上、配置された訳ではないのだ。作為や加工のない世界が観客の眼前に拡がる。本作で、殊にその傾向が顕著に思えるのは、仏映画の名匠であり、ヌーヴェル・ヴァーグの礎であるエリック・ロメールの系譜を感じたからではないか……。
原作はグラフィック・ノベリストで日系米国人四世エイドリアン・トミネの短編集。自伝的物語だった舞台をNYから現代のパリ13区へと変換した。セーヌ川南岸にある13区は、無計画で性急な都市開発により、パリらしからぬ不恰好なコンクリート団地が立ち並び、中華街を含めアジア系移民など多様な人種が住み着く。混沌とした街をカメラは流麗に活写する。
主な登場人物は、高学歴ながらコールセンターで働く台湾系のエミリー、黒人高校教師カミーユ、33歳で大学に復学した地方出身のノラ、ポルノ女優のアンバー・スウィートら。それぞれ異なるルーツ、異文化を持った4人が自然な運命の糸に手繰り寄せられるように邂逅を果たす。
ちなみに、邂逅とは仏語で「Rencontrer」。観客も映画の中で登場人物らと出会い、異なる文化、環境、習俗、そしてオディアールが切り取ったパリ13区と「Rencontrer」する作品なのだ。
本作の濃厚な性描写、行為に至るまでの性急さ加減には、日本人観客にとって違和感を覚えるかもしれない。だが、前述したように、オディアールの作品は自然に在るがままの生活を映し出す。美しいモノクロの映像が織りなす画面には生々しさが感じられない。女優の裸身を性の対象やモノとして描いていないことが、同性なら直ぐに分かる。
こうした視点を齎したのは、共同脚本のセリーヌ・シアマ(『燃ゆる女の肖像』)とレア・ミシウス(『アヴァ』)という2人の若手女性監督の功績が大きいだろう。これは、イタリアの監督ロベルト・ロッセリーニ作『無防備都市』や、ヴィットリオ・デ・シーカ、ルキノ・ヴィスコンティら巨匠の一連の作品に参加した女性脚本家スーゾ・チェッキ・ダミーコとの幸福な関係を想起させる。
オディアール70歳。巨匠に有りがちな独善に陥らず、女性監督の瑞々しい感覚を採り入れた柔軟さ、進取の精神が素晴らしい。
尚、『燃ゆる女の肖像』を観た人なら忘れ難いノエミ・メルランが、本作でも繊細且つ複雑なノラ役を見事に造形し、美しい輝きを残している。インスタグラムで発掘されたエミリー役のルーシー・チャン、アンバー役には英国のパンクバンド「Savages」のヴォーカルを務めるミュージシャンのジェニー・ベスを起用するなど、キャスティング・ディレクターであるクリステル・バラを全面的に信用したオディアールの先見性が、ここでも活かされた。
(大瀧幸恵)
2021年/フランス/仏語・中国語/105分/モノクロ・カラー/4K 1.85ビスタ/5.1ch/R18+
©︎ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma
提供:松竹、ロングライド
配給:ロングライド
公式サイト:https://longride.jp/paris13/
★2022年4月22日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開
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