監督:平山秀幸
脚本:安部照雄
音楽:安川午朗
主題歌:中山千夏「あなたの心に」(ビクターエンタテインメント)
出演:小林聡美、平岩紙、 斎藤汰鷹、 江口のりこ、桃月庵白酒、 水間ロン、 鈴木聖奈、 瀧川鯉昇、渋川清彦 / 泉谷しげる / ベンガル、松重豊
漁港のある田舎町に暮らす五十嵐芙美(小林聡美)は、気の合う友人たちに囲まれ穏やかな独身生活を送っていた。そんなある日、車の運転中に隕石(いんせき)に衝突するという衝撃的な出来事に遭遇する。それ以来、彼女は年齢の離れた小さな親友・航平(斎藤汰鷹)と過ごすひとときや、この町に越してきた男性・篠田吾郎(松重豊)との出会いを通じ、日常の中にささやかな希望を見いだしていく。
まさか昭和44年……。記憶の奥底に潜んでいた楽曲を当時のまま主題歌に起用するとは、昭和25年生まれの平山秀幸監督でければ発想し得なかった趣向だろう。脚本の安倍照雄が10年来、温めてきたオリジナル脚本とはいえ、安倍は昭和36年生まれ。昭和の流行歌としてリアルタイムで親しんだのは、出演者の中でも泉谷しげる や ベンガルくらいではないだろうか?
「あなたの心に」♪ 後に国会議員となる女優の中山千夏が作詞と歌唱を、当時、無名の大学生だった都倉俊一の作曲家デビュー作である。あぁ、懐かしい♪ 昭和流行歌の中でも随分と地味な楽曲を選んだものだ。中山の伸びやかな歌唱が本作のスローライフ的なイメージとマッチしている。が、映画の内容はノスタルジーに耽ったものとはいえない。
穏やかな旋律は期待や不安の心に慎ましく寄り添う。市井の名もない人々の、与えられた運命を甘受するほかない過去、向き合う心の態様を照らし出していく。
ツユクサは、華美な花ではなく、見落としてしまいそうな雑草に近い植物だ。主人公の芙美と同じく、過去から逃れるため海沿いの町へ迷い込んだ吾郎が、
「草笛を吹くには、これが一番向いている」
と吹いてみせる。素朴な味わい深い音色。49歳、単調だった芙美の世界に、しっとりと水分を含んだ葉脈がじわりと染み込むように、吾郎の存在が膨らんでいく。映画はその小さな染みと、50歳を前にした芙美が遭遇する嵐のような出来事(芙美の名字は五十嵐(笑))を同時に刻みつける。染みがどのように広がるのか?衝撃の出来事がどんなキセキを形成するのか?まずは何気ない井戸端会議や、始業前のラジオ体操、隕石ヲタクの少年との交流……といった日常生活に目を凝らしてみよう。
小林聡美は、職場同僚役の平岩紙や江口のりことは年齢が隔たっているはずなのに、醸す雰囲気は『転校生』の頃と変わらない少女のようだ。大人のファンタジーといった趣きの脚本・演出意図に応えるべく、自然な佇まいを見せる演者陣に対し、終盤の加工的な仕掛けが惜しまれる。
(大瀧幸恵)
配給:東京テアトル
2022年/カラー/5.1ch/ビスタ/95分
©2022「ツユクサ」製作委員会
公式サイト:https://tsuyukusa-movie.jp
公式ツイッター:tsuyukusa_movie
★2022年4月29日(金・祝)より、全国公開
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