監督・脚本:ショーン・ダーキン
出演:ジュード・ロウ、キャリー・クーン
1986年。NYで貿易商を営む英国人のローリーは、米国人の妻アリソンと、息子と娘の四人で幸せに暮らしていた。満ち足りた生活を送っているように思えたが、大金を稼ぐ夢を追って、好景気に沸くロンドンへの移住を妻に提案する。かつての上司が経営する商社に舞い戻ったローリーは、その才能を周囲から評価され、復帰を歓迎される。プライベートではロンドン郊外に豪邸を借り、息子を名門校に編入させ、妻には広大な敷地を用意。それはまるで、アメリカン・ドリームを体現した勝者の凱旋のようだった。しかし、ある日、アリソンは馬小屋の工事が進んでいないことに気付く。業者に問い合わせると、支払いが滞っており、更には驚くべきことに新生活のために用意をしていた貯金が底を突いている事を知ってしまうのだった・・。
冒頭、宵闇に浮かぶ駐車場、広い厩舎に光が灯り、ジュード・ロウの横顔がアップになる映像からして息を呑む。家族が食卓を囲む何気ない場面に、柔らかな朝の光が射し込む。全て自然光撮影と思しい透明感溢れる映像美が、幸せな家族を照らす虚飾を暴いてみせるのだ。光が美しければ美しいほど、暗く重い影と交錯する儚さがコントラストを放つ。
装置となるのは、家族が暮らす英米・両国の家。何れも広い敷地に建つ邸宅であり、趣味の良い家具調度品に囲まれ、間接照明が優しい光線を描く。最初に登場する米国の家は十分に機能的で住みやすそうだ。英国サリー州に移ってからは、伝統と格式を重んじた設計。暖炉、重そうな鎧窓など細部のディテールにも手を抜かない美術スタッフワークが、映画に深度を齎している。
監督・脚本のショーン・ダーキンが、 原題を『THE NEST 』とした主訴がよく分かる。NESTは、巣の他に、居心地のよい避難所、休み場所、入れ子、とも訳すことができる。家族にとってのより良い”NEST”を追い求めた結果、ジュード・ロウ扮する主人公は、危険な領域に踏み込み、葛藤のうえで破綻を来たすのだ。ジュード・ロウが、高貴さと虚勢、野心、孤独、焦燥感を併せ持つ複雑な人物像を、暗色のビロードに似た艶気で体現し、素晴らしい。
ショーン・ダーキン監督は、11年前の『マーサ、あるいはマーシー・メイ』を観た程度だが、 サスペンスフルな展開が巧みだ。家族への嘘→金銭問題→夫婦不和→荒れる子ども→大きな代償→再生への兆し……といった構成は、とかく既視感を覚えがちだ。しかし、ダーキン監督の優れた創作力と、前述した美術効果、静謐なカメラワークの中で波立つドラマ、俳優陣の説得力ある名演により、主題が見事に浮き掘られた。
アン・リー監督作『アイス・ストーム』同様、洗練された家族再生ドラマとして、観客の心に残る1本となろう。
(大瀧幸恵)
2019年製作/107分/R15+/イギリス/英語/カラー|ビスタ|5.1ch
配給:キノシネマ
©Nest Film Productions Limited/Spectrum Movie Canada Inc. 2019
公式サイト:https://movie.kinocinema.jp/works/thenest
★2022年4月29日(金・祝)より、kino cinema横浜みなとみらい、立川高島屋S.C.館・天神ほか全国公開
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