監督・脚本:川和田恵真
出演:嵐莉菜、奥平大兼
クルド⼈の家族とともに⽣まれた地を離れ、幼い頃から埼⽟で育った 17 歳のサーリャ。すこし前までは同世代の⽇本⼈と変わらない、ごく普通の⾼校⽣活を送っていた。しかし在留資格を失った今、バイトすることも、進学することも、埼⽟を越え、東京にいる友⼈に会うことさえできない。彼⼥が⽇本に居たいと望むことは“罪”なのだろうか―?
涙が止まらない!近年の邦画で斯様に静かな感動を覚え、鑑賞後も余韻を残してくれた作品は稀である。観る者の涙腺をこれでもかと刺激してくる。それも感傷の押しつけではない。画面や語り口は静謐のうちに抵抗の気高さを表してやまないのだ。架空の人物たちを現実に溶け込ませ、観客に想像の余白を与える。優れた創作の力によるところが大きい。
本作が商業映画デビューという川和田恵真監督。監督は撮入前から、出演者たちと対話を重ね、綿密なリハーサルを行い、出演者の趣味やイメージに合わせて脚本も改訂したそうだ。自身が数年来、温めてきたクルド人難民の問題を主訴とした脚本には思い入れもあろう。
役を単なるプロットの一つではなく、監督自身が咀嚼した心のシャッターで映し撮っていることの証左だ。有望監督の登場が高らかに宣言された。
今後、一気に国境を越え、羽ばたいていきそうな可能性を秘めている。まだ30代前半、やがては是枝裕和監のような名声を得るかもしれない。そんな審美眼と力量を備えている。ハリウッド的スペクタク ルが求められる資本主義が渦巻く映画界では、ささやかな個の祈りがのみ込まれてしまう。 現実社会の、国による硬直的な態度とリンクするようだ。難民問題を通し、その瞬間の時代の蠢き、矛盾を捉えた点が秀逸である。
主人公のサーリャ一家は、与えられた運命を甘受するほかない人生と心の態様を自然に照らし出していく。 監督は幾つかの食事場面に、その思いを反映させている。サーリャたちが家族でクルド料理を囲む場面。ラーメン屋での伏線。サーリャと聡太が食べながら交流を深める河川敷。聡太の母が手料理を振る舞うシーン。これらの食事場面に収められている人々、遠景、中景、近景では異なる叙事が行われているのだ。
撮影は『ドライブ・マイ・カー』の四宮秀俊。美術に、同じく『ドライブ・マイ・カー』の徐賢先と聞けば、ハッとする観客もいるのではないだろうか?
フィクスでありながら登場人物たちの内心が透けて見えるカメラワーク。表現や動き、生活そのものをリアルに再現するセット、小道具。優れた映画には、”映画の神は細部のディテールに宿る♪どこで生まれたならどこで暮らしたならどこへ帰ったなら
川和田監督がスタッフを信頼しているからこそ生まれる相乗効果だろう。監督の繊細な話法は、こうした食事場面、サーリャと聡太2人のシーンに於いて顕著である。監督が登場人物たちを慈しむ想いは、リリシズムと溶け合い、映画を一層優しいものにする。ドキュメンタリー映画のように自然なやり取りに、恋を自覚した2人の視線の交わりを忍ばせていく。撮影前のワークショップで行ったであろうエチュードを本編に定着させたような瑞々しさだ。
若い2人が経験は浅いながら、役にするりと身を寄せている。殊に映画初出演のサーリャ役、嵐莉菜の愁いを含んだ佇まいが素晴らしい。『MOTHER マザー』でも爪痕を残した聡太役の奥平大兼。共に、メディア擦れしていない眼の光が清新さを湛えている。主題からして暗くなりそうな物語を陽へと誘うのは、父親、妹弟たちのユーモア感覚だ。
登場する人々に積極的な悪人はいない。皆、善意の人々ばかりである。それでも国の出した残酷な結論を受け入れざるを得ない。どうすることもできないもどかしさに、観ているほうが怒りを覚えた。恨みがましいことを主張しない当事者たちの抑制された演技。
「頑張ってね!」励ます周囲の人に
「もう頑張ってます…」
と応えるサーリャの胸の内を想像するだに泣けてくる。
エンディング、「姿や名前を出すことができなくてもこの映画に力を貸して下さった日本で暮らすクルド人の皆様」というクレジットには、大勢のクルド人が置かれている現状に思いを馳せる。
♪どこで生まれたなら どこで暮らしたなら どこへ帰ったなら〜♪と静かに問いかける ROTH BART BARON の書き下ろし楽曲「N e w M o r n i n g」が、主題と見事にマッチし、サーリャの内省的な独白のように響く。余韻が鮮やかだ。
(大瀧幸恵)
2022年製作/114分/G/日本
企画:分福
制作プロダクション:AOI Pro.
共同制作:NHK FILM-IN-EVOLUTION(日仏共同制作)
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
製作:「マイスモールランド」製作委員会
配給:バンダイナムコアーツ
©2022「マイスモールランド」製作委員会
公式サイト:https://mysmallland.jp/
★2022年5月6日(金)より、全国公開
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