監督:シャノン・サービス、ジェフリー・ウォルドロン
水産大国であるタイでは、遠洋漁業に乗船させる乗組員を確保するため、人身売買業者から労働者を調達している実態がある。タイ国内だけでなく、周辺の貧困国から集められた人々は、タダ同然か無給で「海の奴隷」として働かされる。パティマ・タンプチャヤクル氏たちは被害者らを救出するため、彼らが逃げこんだインドネシアの離島へと向かう。
騙され、或いは拉致により連行された「海の奴隷労働者たち」。これが現代の話なのか?本作を観ながら身体に走る戦慄を抑えきれなかった。
「奴隷労働9年。船長に殴られ、左目が潰れた。給料は 一銭も貰ってない」と語るタイの僧侶。
「奴隷労働20年。船長に殴られ続け、今でも傷跡がたくさん残ってる。 まだ生きていたのに箱に入れられ、海に投げ捨てられた友だちもいる」
「 生活に困窮していたら畑の仕事を持ちかけられた。部屋に旋錠されるので変だな、と思った。 偽名でパスポートを作らされ、脅されて気がついたら船の上。騙されたと気付いたよ。昼夜休まず働かされた」
「船長が何人もの船員を殺した。餓死者もいた。友だちは漁のロープが首にかかり頭を切り落とされた。海に飛び込んで頭を拾ったよ。せめて遺体を揃えてあげたかったからね。船上では気の弱い人だと狂ってしまうだろう」
衝撃的な奴隷労働体験を語るのは、ミャンマー、ラオス、カンボジアなど貧しい国から誘拐などで集められ、僅か800ドルにも満たない金額で売り飛ばされた男性たちだ。中には12歳くらいの少年もいたという。彼はどうなったのか…。
タイは世界有数の水産大国である。違法漁業の取締りを避け、遠洋航海する必要が出てきた。人手を確保するため、今日も何処かで人身売買が行われているのだ。
こうした「海の奴隷」は数万人存在するといわれている。日本も決して無関係ではない。タイの水産物輸入では世界第2位、ツナ缶やエビ、養殖⽤の⿂粉などを輸入し、キャットフードに至っては約半分がタイ産だという。日本人が安いシーフードを享受する裏側で犠牲になっている人々の存在がある。
本作は、彼ら奴隷労働者を救助し、労働市場を根絶する活動をしているタイ人女性、パティマ・タンプチャヤクル(2017 年ノーベル平和賞ノミネート)たちが、命がけで奮闘する旅と、過酷な労働者たちの姿、実態、体験談を同時に綴っていくドキュメンタリーだ。
陸地を見つけ、「異国でも何処でも構わなかった。草の根を食べて生き延びたが、捜索されて捕まるとインドネシアの檻に入れられた。ある女性が『帰りたい?』と訪ねてきた。それがパティマだった」
救助された様子をリアルに語る男性。中には、
「奴隷労働5年。帰りたいが、この土地に暮らして15年経ち、妻子もいる。故郷の家族は死んだと思ってるだろう」
「奴隷労働20年。帰りたいが妻子がいるし、ここで稼がなきゃならない。金がないまま故郷に帰るわけにいかない」
と、地獄の奴隷船から逃げられても、帰郷できない事情を持った人々は多い。
パティマたちは、マダガスカルのモーリシャス島やインドネシアのベンジナ島など、かなり広域の海洋を救助のために航海する。途中、違法漁業船から脅されたり、威嚇を受けるなど緊迫した場面も続く。時には、協力的な村長と出会うこともあり、観客がホッとした気持ちになるのは、パティマたちと完全に同化しているからだろう。
活動の際、パティマらは必ず奴隷労働者たちの墓地へ向かう。ジャングルの中に、簡素な木札が立っているだけの墓地だ。未だに何千人もの人々が乗せられ、命を落とす。
「私は彼らの知人ではないけれど、無念さが伝わる」
と祈りと鎮魂を捧げるパティマたち。周囲は静かな青い海、 穏やかな村、美しい風景が広がっている。
犠牲になった人々が力を与えてくれたのだろうか。離島でタイ人の奴隷労働者が見つかる。「帰りたいが急なことで」と動揺する男性。「置いていかないで」とすがり、泣きつく妻、義母…。偶然にもスタッフと同郷だということが分かる。フェイスブックに写真を載せ、“父を捜しています”と投稿したところ、父の電話番号の情報が寄せられた!
「父さん、分かるかい?嬉しいよ」
と話しながら、嗚咽を堪え切れない男性。笑顔に観客の心も和む。
パティマたちの努力により、元奴隷労働者らは首相にも面会ができ、人身売買、違法な漁業の実態を訴えることができた。だが、遠洋漁業は莫大な収益を生む構造にある。法改正されたにも関わらず、違法漁業者は何故か起訴を免れてしまうという。深刻な実態に目を向けるためにも、ぜひ本作を観てほしい。語られる証言は衝撃的だが、静謐な話法が胸を打つ。
(大瀧幸恵)
配給:ユナイテッドピープル
2018 年/アメリカ/90 分/カラー/16:9
©Vulcan Productions, Inc. and Seahorse Productions, LLC.
公式サイト:https://unitedpeople.jp/ghost/
★2022年5月28日(土)より、シアター・イメージフォーラム他にて全国順次ロードショー
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