君を想い、バスに乗る (原題:The Last Bus)

16526254612780.jpg

監督:ギリーズ・マッキノン
製作:ロイ・ボウルター、 ソル・パパドプーロス
脚本:ジョー・エインズワース Joe Ainsworth
エグゼクティブプロデューサー:ティモシー・スポール
出演:トム ティモシー・スポール 、メアリー フィリス・ローガン

最愛の妻を亡くしたばかりのトム・ハーパー(ティモシー・スポ―ル)はローカルバスのフリーパスを利用してイギリス縦断の壮大な旅に出ることを決意する。目指すは愛する妻と出会い、二人の人生が始まった場所―。
行く先々で様々な人と出会い、トラブルに巻き込まれながらも、妻と交わしたある“約束”を胸に時間・年齢・運命に抗い旅を続けるトムは、まさに勇敢なヒーローだ。愛妻との思い出と自身の“過去”ばかりを見つめていたトムが、旅を通して見つけたものとは・・・?

「遠くへ連れてって。できるだけ遠くへ…」
時は1952年、英国コーンウォールのランズエンド。メアリーは夫トムに思い詰めた表情で訴える。 草原のバス停に立つ2人。一体この若い夫婦に何があったのか…。バス窓から見える雄大な景色、幻想的な劇伴が流れ、透明感あるスキャットが響く中、タイトル。 興味を惹かれる幕開けだ。原題は『The Last Bus』。巧みな邦題をつけたものだと思う。“君を”が誰を指すのか、観客に解釈・想像力の余白を与えている。

若夫婦はスコットランドのジョンオグローツに着く。古い石造りの粗末な家。不安そうな妻だが、「 大丈夫よ」と抱き合う。序盤だけで2人が深く愛し合い、信頼している関係だということが伝わる。大海原に虹 がかかる美しいビスケー湾。家庭菜園に勤しむメアリーが、そのまま時を重ね、高齢女性に遷移する移り変わりもスムーズだ。妻にお茶を運ぶ夫トム。2人の嬉しそうな表情から、お互いの関係性に変化がないことが分かる。

本作はロードムービーだ。トムは若かりし頃、自分たちが辿った道を逆に、スコットランドの最北端ジョンオグローツから、イングランドの最南端ランズエンドまで、約1300キロの旅を始めるのだ。90歳のトムにはおそらく最後の旅となろう。扮するティモシー・スポールの、深い皺が刻まれた顔、歩くのも覚束ない足取りが映るたびに胸が切なさで張り裂けそうになる。この切なさは何処から来ているのだろう。

同じような思いを邦画でも味わったことを思い出した。小津安二郎監督の名作『東京物語』。子供たちに会うため、尾道から上京してきた老夫婦。だが、子供たちはそれぞれの生活を抱え、忙しい。邪険にされ、自分たちが歓迎されないことを知るも、愚痴ひとつこぼさない夫婦。
カメラは手を組み、支え合う2人を背後から映す。
「東京は広いのう」
「ほんまですねぇ。こんな広い所で逸れたら、一生会えんごとなってしまう」
表情は一切映し出されないのに、老夫婦の心細さ、哀しみが痛いほど伝播し、胸が一杯になってしまう。あの感覚といえばお分かり頂けるだろうか。

老人の旅では、米国映画の『ハリーとトント』なども想起するが、本作は如何にも英国的だ。旅の途上、様々な人々に出会い、アクシデントにも見舞われる。手を差し伸べようとする人にも、トムは毅然として答える。
「いや、結構です」「お代はきちんと払います」
紳士なのだ。英国紳士としての矜持を忘れない。常に礼儀正しく、節度を持って人との距離感を保つ。そんな姿勢に、感動、共鳴、賛同、同情、応援…。観客の心は目まぐるしく変化する。トムの心理に全く同化していることに気付くのだ。

驚くべきは、ティモシー・スポールが出演当時60歳だったことである!老け演技の上手さは、日本の笠智衆に勝る俳優はいないと思ったが、流石に“世界一俳優の層が厚い国”英国。息の仕方や所作の隅々まで90歳にしか見えないスポールの名演は映画史に残るのではないか。英国贔屓を白状すると、スポールは『ときめきアムステルダム』の時から知っている!つまり高校生か10代の頃である。クセの強い脇役ながら、主演のコリン・ファースを盛り立てていた。
以降、ベルトルッチの『シェルタリング・スカイ』、マイク・リー『秘密と嘘』『人生は、時々晴れ』、そしてカンヌ国際映画祭主演男優賞受賞した『ターナー、光に愛を求めて』や『ハリポタ』シリーズまで、日本公開された作品は全て観てきた。何れも爪痕を残す名演の数々である。その中でも本作は、自身より30歳上の老人的身体特徴を捉え、スポールのキャリアの上でも白眉に値するだろう。

妻メアリー役には、TVドラマ「ダウントン・アビー」のミセス・ヒューズ役で世界中に知られたフィリス・ローガン。アップになっただけで、その人物が辿った人生、哀切さ、善良さまでを一瞬にして説明する名女優だと実感できた。

本作の見どころは、名優たちの完璧な演技と、道中で出会う雄大な英国らしい光景、それぞれの人生と運命を乗せるバスの旅、SNSという現代的メディアを上手く取り込んだ点だ。いつまでも心に残る名作の仲間入りを果たした、必見の映画である。
(大瀧幸恵)


16526254988311.jpg

2021/イギリス/英語/カラー/シネスコ/DCP5.1ch/86分
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:HIGH BROW CINEMA
© Last Bus Ltd 2021
公式サイト:http://kimibus-movie.jp
Twitter・Instagram:@kimibus_movie
Facebook:@kimibus.movie
★2022年6月3日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開


この記事へのコメント