オフィサー・アンド・スパイ (原題:J'accuse 英題: AN OFFICER AND A SPY)

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監督・脚本:ロマン・ポランスキー
原作・脚本:ロバート・ハリス
製作:アラン・ゴールドマン
音楽:アレクサンドル・デスプラ
撮影:パヴェウ・エデルマン
編集:エルヴェ・ド・ルーズ
美術:ジャン・ラバス
衣装:パスカリーヌ・シャヴァンヌ
出演:ジャン・デュジャルダン(ピカール)、ルイ・ガレル(ドレフュス)、エマニュエル・セニエ(ポーリーヌ)、グレゴリー・ガドゥボワ(アンリ)、エルヴェ・ピエール(ゴンス将軍)、ウラディミール・ヨルダノフ(メルシエ将軍)、ディディエ・サンドル(ボワデッフル将軍)、 メルヴィル・プポー(ラボリ弁護士)、エリック・リュフ(サンデール大佐)、マチュー・アマルリック(ベルティヨン)

1894年、フランス。ドレフュス大尉(ルイ・ガレル)が、ドイツに軍事機密を漏えいした容疑で終身刑を言い渡される。あるとき、軍の情報部門を率いるピカール中佐(ジャン・デュジャルダン)は、ドレフュスの無実を示す証拠を発見する。だが、その事実を隠蔽(いんぺい)しようとする上層部によって左遷されてしまい、彼は作家のエミール・ゾラらに助けを求める。

1894年、フランス。陸軍士官学校の大校庭に軍靴が鳴り響く。やがて奏でられる管楽隊。居並ぶ軍馬に乗った軍人たち。この冒頭場面だけで、本作のスケール感、高いクオリティ、何よりロマン・ポランスキー監督が懸ける意気込みが伝わってくる。緊迫感溢れる幕開けだ。今まさに、陸軍大尉ドレフュスの軍籍剥奪式が行われようとしている。 士官用サーベルが折られ、旗章が剥がされていく。
「私は 無実だ!」
ドレフュスの悲痛な叫びは、広い大校庭に虚しくこだまする。
「この売国奴め!」「国賊!」
口々に罵る野次馬たち。遠巻きに望遠鏡で眺める上官たちの中に、本作の主人公ピカール中佐の姿もある。

ドイツに軍事機密を流したスパイ容疑で、ドレフュスは終身刑を宣告され、仏領ギアナに浮かぶ絶海の孤島、悪魔島に流刑されてしまう。フランス国家の土台を揺るがす深刻な分断をもたらした歴史的冤罪事件“ドレフュス事件”を史実を基に、ポランスキーが1ミリの無駄も隙もなく描き出した力作だ。

観終わってわかったこと、それはポランスキーが主訴としたかったのは、冤罪の事実よりもユダヤ人差別なのではないか。痛感させれる場面は何か所も登場するからだ。「ドイツに情報を流しているらしい士官がいる」4名ほどの候補者の名簿を提示された上官は、名前を読み上げながら、「ドレフュス…、ユダヤ人か?」「はい、隊で唯一のユダヤ人です」「じゃ、こいつだろう」
いとも簡単に決めつけてしまうのだ。この決定が発端になり、ドレフュスを犯人とすべく、証拠は“捏造”されて行く。19世紀、全ての手続きは紙媒体で行われていた。軍隊特有の規律に従い、やり口は巧妙だ。小さなメモ、破られた薄紙が貼り合わされ、筆跡鑑定人まで法廷証人となり、容疑が固められる。

情報局長となったピカール中佐とドレフュスは、浅からぬ縁がある。2人ともアルザス出身であり、普仏戦争後、ドイツへのアルザス譲渡にあたってフランス国籍を選択し、 パリへ上って軍人を志したという共通の経歴を持つ。しかも、ドレフュスは、陸軍大学でピカールの教え子だった。大学時の回想シーンが興味深い。
ドレフュスから、「教官の科目だけ成績評価が悪かったんです。偏見はありませんか?」
問われたピカールは、「ユダヤ人は嫌いだが、私情は挟まない。差別はしていない」
と言ってのけるのだ。

ちょっとした会話の隙に、当時のフランスに於いて、ユダヤ人が如何に偏見と差別の対象であったかが分かる逸話が多く盛り込まれている。それらからは、個人の好悪に留まらず、組織立った意識と行動、国の体制となってしまう恐ろしさが伝わってきた。『戦場のピアニスト』など、自身のルーツを主題に作家主義を貫くポランスキーならではの冴えが見える場面の連続だ。

リアリティを感じたのは、当時のフランス流通文化のさり気ない取り入れ方だ。ピカールが情報局長に登用され、建物内に入るなり、
「臭うな、ここは下水の匂いがする」
と呟く場面がある。重要な伏線になるので見逃さないようにしてほしい。19世紀当時、パリ中に張り巡した気送管の中に便箋や葉書を入れ配送していた。下水道を利用した気送管である。それが 後に真犯人を告げる決定的な証拠として機能するのだ。
余談だが、トリュフォーの初期作品にも、出した手紙が気送管を通し、相手に届く様子が描かれていた。パリでは長く使われた配送システムなのだろう。こうした生活文化の描写も面白い。

メッセージ性の強い物語がテーマだが、ビジュアル面はこの上なく美しい。乾いた空気に漂う靄、石畳の硬質な感触、室内の機能的な木製家具、脇役に至るまで纏う質感の高い衣装。窓からは逆光スモークの鈍い光が反射し、人物を照らす。パヴェル・エデルマンの見事な撮影技法を観ているだけでも楽しめる。
(大瀧幸恵)


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1ch.5 | カラー | 85ビスタ.1 4K | 131分 | 仏語 | イタリア・フランス | 2019年|G:映倫 |
配給:ロングライド
提供:ロングライド、ニューセレクト、エース・アスミック
(C) 2019-LEGENDAIRE-R.P.PRODUCTIONS-GAUMONT-FRANCE2CINEMA-FRANCE3CINEMA-ELISEO CINEMA-RAICINEMA (C) Guy Ferrandis-Tous droits reserves
公式サイト:https://longride.jp/officer-spy/
★2022年6月3日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開


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