監督:ロジャー・ミッシェル 『ノッティングヒルの恋人』
製作:ケヴィン・ローダー
音楽:ジョージ・フェントン
出演:エリザベス2世、フィリップ王配、チャールズ皇太子、ウィリアム王子、ジョージ王子、ダイアナ元妃、ザ・ビートルズ、ダニエル・クレイグ、マリリン・モンロー、ウィンストン・チャーチル ほか
1947年、エリザベス王女は、フィリップ・マウントバッテン氏と結婚する。やがて1952年2月6日、父ジョージ6世の崩御に伴い、彼女はエリザベス2世として25歳でイギリス女王に即位する。公務で多忙な日々を送りつつ、長年の在任期間中、数多くの歴史的出来事に立ち会い、各国の首脳陣らと面会してきたエリザベス2世は、2022年には96歳の誕生日および在位70周年を迎える。
目を瞑ったエリザベス女王の写真アップから始まるやいなや、祝賀会や舞台の準備、女王の実写、歓声を受ける姿などなど、様々な年代・場所にいるエリザベス女王のアーカイブ映像が、矢継ぎ早に展開される。そのテンポの良さ、リズミカルな劇伴の選択が先ず楽しい。1926年から96歳の現在まで「生ける伝説」の人である。膨大な素材を前にし、編集作業はどれだけ大変だったろう!と序盤を観ただけで溜息が出る。
が、本作の立役者ロジャー・ミッシェル監督(「ノッティングヒルの恋人」など)はもうこの世にいない。最後のサウンドミックスの日に亡くなったという。コロナ禍で新作準備ができない中、こんな時だからこそ作れる映画として、ドキュメンタリーを着想した。しかも、「既視感のある、ありきたりな王室ドキュメンタリーではなく、機知に富んだイタズラ心とサプライズがあるもの」を目指したミッシェル監督の主訴は見事に反映されている。
女王礼賛一辺倒ではなくパペット人形が登場する英王室をイジり倒す番組や、反対勢力の抗議活動の様子、女王にスピーチ指導をした人物をTV放映後、殴りかかる一般人までが登場する。決して偏ることのない視点に徹し、ナレーションによる印象の誘導もない。解釈は観客に委ねられている作品なのだ。
ミッシェル監督自身も多くの英国民と同様、女王に親しみと関心を持っていたに違いない。手練のフィルムメーカーである。細かく編集した素材を時系列ではなく、章立てに分けた構成、テーマに即した、または意表を突く音楽を用い、どこから観ても楽しめるエンターテインメントとして成立させている。ユーモアと礼節を重んじる英国人らしい構築性だ。
許諾を取ることが難しいビートルズの楽曲も、大英勲章第5位を叙勲した時に流れる「ノルウェーの森」、エンディングの、“女王陛下は可愛い娘”と歌う「ハー・マジェスティ」、2曲使用できたのはミッシェル監督への信頼ならではだろう。
「セクシーな女王にリバプール小僧はみんな夢中だったよ」
と、憧れの対象だったことをコメントするポール・マッカートニーは、如何にも卒がない(笑)。
女王の貴重な肉声が聞けるのも本作の楽しみだ。樹木に引っかかったピンク色の風船の撤去をショットガンで撃ち落とそうとする側近に、「撃てばゴムが飛び散るわよ」と指摘する声には、女王の日常生活が垣間見える。思わず頬が緩むのは、競馬に目のない女王がレースに夢中になっている様。キャーキャー!と歓声をあげ、人目も憚らず身振り手振りで応援。「最近は双眼鏡を使わないの」 と言い、観覧室から外に出てしまう熱狂ぶり。
独身の頃だろうか。今は手放したロイヤル・ヨット・ブリタニア号の甲板で、たくさんの水兵たちと駆けずり回って楽しそうに遊ぶ若き日。幼女の時から乗馬が得意だった女王は、英国的な緑の山並みを背景に、ある時は浜辺で、アラブの砂丘でも乗りこなす。国王軍事パレードでの敬礼姿は凛々しい。
‘81年 公式誕生日を祝うパレードでの襲撃未遂事件。運よく外れ、空砲だったものの、狙撃手の手がアップになったアーカイブ映像が残っているのは驚きだ。
命懸けの公務である責任を25歳の時から負った女王。父王ジョージ6世崩御の映像では、黒いベールに身を包んだ女王を静寂が支配する。響くのは鳥の羽ばたきだけである。翌年の戴冠式。物理的にも重圧としても重い王冠。「私は父と頭の形が似ていたから良かったのよ。重くて俯くと首が折れちゃうから書類は持ち上げて読むの」
王冠を頭上に頂いた人でなければ分からない実感がこもっている。
妹のマーガレット王女とラジオから発信した「お休みなさい」の言葉。妹も父母も、この世にはいない。女王の時代は未来永劫続くような気がしてくる。エンドロールの最後には、様々な国歌斉唱と”ロジャー・ミッチェルを偲ぶ”旨が表示される。本作は女王とロジャー・ミッチェルに想いを馳せる映画なのだ。
(大瀧幸恵)
2021 年/イギリス/カラー/90 分/英語/5.1ch/ビスタ/
後援:ブリティッシュ・カウンシル
配給:STAR CHANNEL MOVIES
公式サイト:https:// elizabethmovie70.com ※Twitter:@Elizabeth70_SCM
(c)Elizabeth Productions Limited 2021
★2022年6月17日(金)より、TOHO シネマズ シャンテ、Bunkamura ル・シネマほか 全国公開
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