プラン75

16550222538202.jpg

脚本・監督:早川千絵
脚本協力:Jason Gray
エグゼクティブ・プロデューサー:小西啓介 水野詠子 國實瑞惠 石垣裕之 Frédéric Corvez Wilfredo C. Manalang
プロデューサー:水野詠子 Jason Gray Frédéric Corvez Maéva Savinien
出演:倍賞千恵子、磯村勇斗 たかお鷹 河合優実 ステファニー・アリアン 大方斐紗子 串田和美

超高齢化社会を迎えた日本では、75歳以上の高齢者が自ら死を選ぶ「プラン75」という制度が施行される。それから3年、自分たちが早く死を迎えることで国に貢献すべきという風潮が高齢者たちの間に広がっていた。78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は夫と死別後、ホテルの客室清掃員をしながら一人で暮らしてきたが、高齢を理由に退職を余儀なくされたため、「プラン75」の申請を考える。

静かに流れるピアノ曲、ぼやけた画面に始まり、曖昧な映像構成が示すショットは、現代人が直視しようとしない実相のようだ。静謐な映像世界に突如響く銃声、倒れる後ろ姿の人物…。視覚の衝撃から入った物語は、「プラン75法案が国会で可決された」ことを告げるラジオのニュース音声へと繋がり、明瞭さを増していく。窓より覗く風景は秋枯れだ。近未来を描くSF映画のはずなのに、自然光撮影、日常生活音だけによる話法が、現代と地続きな感覚を齎し、恐怖がひたひたと迫ってくる。

倍賞千恵子扮する78歳のミチ。主人公が送る日常の機微を淡々とスケッチする描写が続く。 無駄な修飾は一切ない。声高に主訴を提示しない。本作が長編デビュー作の早川千絵監督による抑制的な話法は、ミチが歩んだ道を観客に想像させる。 水を含んだ絵の具が紙の上でじわりと染み込むように、映画は拙速を回避し、一人の女の存在を小さな染みとして画面に刻みつけて行く。

同時進行で起こる「プラン75」を担当する役所の職員と叔父の逸話。彼が関わる高齢者たち。フィリピンから単身入国し、病身の娘のために働くマリア。同胞が集まるフィリピン人コミュニティの挿話も巧みだ。互いに助け合いながら暮らすミチの高齢な同僚たちと、フィリピン人コミュニティの温かさが呼応するように綴られる。描写が丁寧且つ細やかであるほど、経済的合理性を優先する国家への抵抗が静かに立ち上がる。

先日ご紹介した川和田恵真監督作『マイスモールランド』といい、若い女性監督の瑞々しく、抑制的な描写で、現代社会の軋みを突く秀作が続くことは、邦画界の収穫として本当に喜ばしい。どちらも主人公の切なくやるせない思い、周囲には善意の人ばかりなのに、救いの手を差し伸べられないもどかしさ。主人公が歩き去った(画面から消えた)後も、その行く末を考えてしまう。つまり、観客は映画館を出ても主人公と歩み続けているのだ。こうした映画体験は滅多にできない。

早川監督がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品と、カメラドール次席に当たる特別表彰を受けたのも納得の力量を示した。特筆すべきは、状況を説明する場面を敢えて省略し、一定のテンポを保ちつつ、進展を観客に理解させるセンスの冴えだ。
「大事なことは隠しなさい」という小津安二郎の邦画的手法を踏襲するかのよう。過剰な説明や、安易なカタルシスを与えて完結しようとする映画が多い中、早川監督が示す遠火で炙り出すが如き手法は、今後の可能性を感じさせてくれる。

観客は作品を完結させる最後の参加者。劇場の椅子は創造の場だという点を実感した。監督が静かに鳴らした警鐘が、社会を変える役割に達すれば…。祈る思いで今夏の観るべき一本をお薦めしたい。
(大瀧幸恵)


16550223174063.jpg

企画・制作:ローデッド・フィルムズ
製作:ハピネットファントム・スタジオ ローデッド・フィルムズ 鈍牛俱楽部 WOWOW Urban Factory Fusee
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ
©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee
公式サイト:https://happinet-phantom.com/plan75/
Twitter:@PLAN75movie #PLAN75
★2022年6月17日(金)より、新宿ピカデリーほか全国公開

この記事へのコメント