監督・脚本:ヨアン・マンカ
出演:マエル・ルーアン=べランドゥ、ジュディット・シュムラ、ダリ・ベンサーラ、ソフィアン・カーメ、モンセフ・ファルファー
南フランスの公営団地に暮らす14歳のヌール(マエル・ルーアン=ブランドゥ)は、自宅で寝たきりの母を3人の兄たちと一緒に介護している。夏休みになり介護とアルバイトで一層忙しい日々を送りながらも、夕方になると母が大好きなオペラをスピーカーで聴かせることを日課にしていた。ある日、ヌールは歌の夏期レッスンをしている講師に呼び止められる。
南仏の眩い光が海辺で遊ぶ子どもたちを照らす。
「明日から夏休みだ。兄さんたちみたいに学校を辞めて仕事しよう。でなけりゃサッカーをやるか、家を出るまでだ。僕は生活を変えるんだ」
ローアングルのカメラが砂を蹴る足を捉える。サッカーに興じる移民の青年たち。軽快且つ疾走感溢れる劇伴が流れ、彼らの諍い、貧しい団地の暮らしぶりを躍動的に活写して行く。一気に登場人物たちの背景が分かる幕開けだ。
近年のフランス映画には、『レ・ミゼラブル』『GAGARINE/ガガーリン』といった移民・難民の視点から、エネルギッシュな世界観を伝える秀作が多い。本作を観ながら、スティーブン・ダルドリーの『リトル・ダンサー』を想起した。未だに日本でも根強いファンがいる名作だ。恵まれない環境で周囲の理解も得られないまま、少年が潜在的な才能を見出され、好きな道へと旅立って行く…。
本作の少年ヌールの母は昏睡状態にあり、『リトル・ダンサー』のビリーには母がいない。ヌールは4人兄弟、ビリーは炭鉱労働者の父兄がいる、という母性を欠いたマッチョな家族構成も共通している。
しかし、本作のヌールが置かれた環境は、ビリーよりも遥かに荒んでおり、犯罪や孤独と背中合わせだ。
これが長編デビュー作の監督・脚本ヨアン・マンカは、ヌールと似た出自を持つ。パリ郊外の労働者階級の地域で育った。母がスペイン人、父はイタリア人という地中海ルーツ。イタリア・ローマのスラム街を美しく魅力的に描いたフェリーニの『カビリアの夜』に影響を受けたそうだ。フェリーニへのオマージュは、頻繁に流れる「人知れぬ涙」「誰も寝てはならぬ」「椿姫」「カルメン」などオペラの名曲が、下町の映像に色艶を添え、芳醇な美を奏でた場面に表れている。
「パパはパヴァロッティと同じ地元の出身なんだよ。歌でママをナンパしたんだ」
そんな逸話も、ヌールのオペラ志向、なぜ母に毎日パヴァロッティを聴かせているのか?との設定に説得力を齎す。
オペラファンには嬉しいパヴァロッティやマリア・カラスの歌声が、少年の成長譚を彩り、各所で励ましを与える。荒れ果てた生活に於いて、これらの楽曲と、ヌールの才能を見出す講師サラの存在が、一点眩しい。
ヌールが、
「金持ちの道楽のくせに!」
と彼にチャンスを与えてくれた講師に悪態をついてしまう場面は苦い。ヌールの複雑な心境を描出している。謝りに戻ったヌールが、サラを強くハグする長いシークエンス。兄たちの犯罪に巻き込まれそうになったり、ピザ配達のバイトで遅刻しても歌唱教室に通うのは、歌うことの歓びだけではなく、サラに母性を求めていることが伝わる名シーンだ。
サラ役は、マンカ監督のパートナーでもあるジュディット・シュムラ(『女の一生』など)。3人の兄たちには、『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』のダリ・ベンサーラら、役そのものを生きているような若い男優陣が好演している。
「あんたとは住む世界が違うんだよ」
長兄がサラに放つ言葉は重い。格差や貧富を乗り越え、ヌールは愛すべきオペラの道を目指すのだろうか?未来への予兆を感じさせるエンディングが余韻を残す。グローイングアップものの良作である。
(大瀧幸恵)
2021 年/フランス/フランス語/108 分/カラー/スコープサイズ/5.1ch デジタル/ PG12
配給:ハーク
配給協力:FLIKK
© 2021 – Single Man Productions – Ad Vitam – JM Films
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
公式サイト : https://hark3.com/aria/#modal
★2022年6月24日(金)より、シネスイッチ銀座他にて全国公開
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