監督:ヨアキム・トリアー 『テルマ』(17)、『母の残像』(15)
脚本:ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
出演:レナーテ・レインスヴェ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ハーバート・ノードラム
アート系に才能のきらめきを見せながら、「これしかない!」という決定的な道が見つからず、いまだ人生の脇役のような気分のユリヤ。そんな彼女にグラフィックノベル作家として成功した年上の恋人アクセルは、妻や母といったポジションを勧めてくる。ある夜、招待されていないパーティに紛れ込んだユリヤは、若くて魅力的なアイヴィンに出会う。新たな恋の勢いに乗って、ユリヤは今度こそ人生の主役に躍り出ようとするのだが──。
近作『テルマ』では、少女の張り詰めた緊張感と覚醒を呼び覚ます怜悧な演出法が冴えていたヨアキム・トリアー監督。本作では、20歳代以降の”自分探し”を続けるユリヤが主人公。トリアーはよほど「女の半生」の一端を描くことに興味があるらしい。『母の残像』は死んだ母という”女”を通して、家族の形を逆照射した作品だった。『テルマ』も本作も、主人公の精密な描写裏に、家族の在り方が透けて見える。『テルマ』では両親の支配から旅立つ娘。本作のユリヤは自身の家族(子ども)を持つべきか、終始、逡巡し続ける。『母の残像』『テルマ』『わたしは最悪。』を、トリアー【 女と家族三部作】と勝手に命名した!
そして、本作はデビュー作『リプライズ』『オスロ、8月31日』に続く”オスロ三部作”の最終章でもある。ラース・フォン・トリアーの甥であるトリアーは、デンマークのコペンハーゲン生まれながら、活動の中心はノルウェー活動だ。パウダースノー、湖に張った氷、霧、冷たい大気といったモチーフが作中に登場するが、ノルウェーの空気が水に合っているのだろうか。
ピエール・ドリュ=ラ=ロシェルの『ゆらめく炎』を原作とした『オスロ、8月31日』は、どうしても同じ原作を映画化したルイ・マルの名作『鬼火』と比較してしまった。『リプライズ』のスタイリッシュさ、瑞々しい雰囲気の持ち味は本作に近いと言える。そして、本作は『リプライズ』を全てに於いてスケールアップし、自由奔放やりたい放題の作風だ。
恋人同士をロマンチックに包むハイスピードカメラ。周りの動きが全て止まりカメラがぐるっと回り出す。恋人の元へ駆けるすユリヤは世界で一番嬉しそう♪多幸感に満ちた場面だ。
ユリヤの母、祖母、曾祖母、そのまた母、祖母〜とずんずん遡っていき、18世紀まで辿り”女の死亡は38歳”などと宣うシークエンスは出色である。
恋人の元カノが遺伝子調査(サーミの血)を突き詰めたり、サステナブル生活に熱中する様までを濃密に描くのだから、トリアーはどこまで女子の生理を深く探求しているのだろう!男が描く女性映画だと、とかく「分かってないな」感が付き纏うものだが、トリアーにはそれがない。稀有なフィルムメーカーである。
ユリヤのキャラクター造形も密度が濃い。医学〜心理学〜写真家〜書店員…。なりたい自分、現実の自分。これだけくるくる変容する主人公も珍しい。当然ながら生活を共にする彼氏たちは振り回される。ユリヤは読書家で頭が良く、アートのセンスや文才まである。おまけに美人でスタイル抜群。自由闊達、複雑、カオス&ユニークな存在。少女のようなイノセントさ、大人の狡猾さが混在する…。こんなキャラクターを当て書きされ、ユリヤその人にしか見えない人物造形で圧倒するのはレナーテ・レインスベ。
『オスロ、8 月 31 日』出演時より、成熟した色気とエネルギーを発散させる女優へと成長を遂げた。昨年のカンヌ国際映画祭で女優賞を受賞したのも納得の存在感である。
ユリヤの半生に大きな影響を与えるアクセル役は、『リプライズ』『オスロ、8 月 31 日』両作の主演を担ったアンデルシュ・ダニエルセン・リー。こちらも当て書きだ。トリアーの深い信頼を得て、40歳を過ぎた男が若いユリヤと付き合う戸惑い、愛情表現、人生の哀惜を豊かに掘り下げ、レナーテに負けない深度を見せた。
ユリヤと運命的な出会いをするアイヴィンに扮したヘルベルト・ノルドルムも登場した瞬間から魅力に富んだ人物だと分かる。
先日ご紹介した『a-ha THE MOVIE』のメンバー3人ではないけれど、ノルウェーには素敵な男子さんが多いのだろうか?☆
ガーシュインやハリー・ニルソンの楽曲など、使用される劇伴の悉くが、画面にマッチし、トリアーの音楽センスが煌めく本作。ラブストーリーと呼ぶには中身がギュッと詰まった濃厚さと主題の高尚さ。トリアーワールドが丸ごと味わえる。
(大瀧幸恵)
配給:ギャガ
製作:ノルウェー、フランス、スウェーデン、デンマーク/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/128分/R15+
後援:ノルウェー大使館
(C) 2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VAST - SNOWGLOBE - B-Reel - ARTE FRANCE CINEMA
公式サイト:https://gaga.ne.jp/worstperson/
★2022年7月1日(金)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ他にて全国順次ロードショー
この記事へのコメント