監督・脚本:フランチシェク・ヴラーチル
原作:ヴラジスラフ・ヴァンチュラ
脚本:フランチシェク・パヴリーチェク
撮影:ベドジフ・バチュカ/
美術・⾐装:テオドール・ピステック
⾳楽:ズデニェク・リシュカ
出演:マグダ・ヴァーシャーリオヴァー、ヨゼフ・ケムル、フランチシェク・ヴェレツキー、イヴァン・パルーフ、パヴラ・ポラーシュコヴァー
13世紀のボヘミア王国。ロハーチェクの領主コズリーク(ヨゼフ・ケムル)は、 騎士と盗賊という二つの顔を持っていた。ある冬の日、コズリークの息子ミコラーシュ(フランチシェク・ヴェレツキー)たちが遠征中の伯爵一行を襲撃し、伯爵の息子クリスティアン(ヴラスチミル・ハラペス)を捕虜にする。一方、オボジシュテェの領主ラザル(ミハル・コジュフ)には、マルケータ(マグダ・ヴァーシャーリオヴァー)という娘がおり、将来修道女になることを約束されていた。
重厚長大「中世の神曲」のような作品を短評するのは難しい。チェコスロヴァキア映画史上最⼤の製作費、1950年代末から約10年の期間を要して製作された⼤作が、55年後に初めて⽇本で上映する機会に巡り会えたのだ。半世紀を経ても本作が放つダイナミックなエネルギー、進取性は少しも陳腐化していない。監督、スタッフ、キャストとも本作に関わった殆どの映画人は既に亡くなっている。彼らは極寒の⼭奥で548⽇間に渡る撮影期間、⽣活を共にした。心血を注いだであろう国民的映画について、生半可な気持ちで語ることはできない。
フランチシェク・ヴラーチル監督の拘りは、⾐装や武器などの⼩道具を13世紀の中世ボヘミア時代と同じ素材・⽅法で作成したという点にも表れている。騎士たちが纏うのは重量感のある甲冑、弓一矢にしても質感は本物だ。農民が使う農具や工具。重厚且つ清廉な修道院。領主の屋敷を形造る藁一本でさえも建造物としての奥行きを支えている。馬ですら”中世仕様”に見えてしまう!
誰も見たことがなく体験していない13世紀の再現…。モノクロ・シネマスコープの世界を覆い尽くす自然は天候の変化まで雄大だ。大雪が降ったと思えばる急に晴れ間が射す。自然光(のように見える)撮影が薄暗い冷気と霊気を映し出す。夜間の光源は松明だけ。真の闇には中世の魔物が潜んでいそうだ。百万言を尽くしても、本作を説明尽くすのは無理だ。とにかく一見を!としか言いようがない。驚きと発見の詰まった166分なのである。
19世紀に生まれた作家ヴラヂスラフ・ヴァンチュラによる原作は、中世の部族間抗争をテーマとする叙事詩のような内容だという。1931年に発表された⼩説を、ヴラーチル監督と脚本家フランチシェク・パヴリーチェクが自由に翻案し、壮大な「フィルム=オペラ」に仕上げた。章立てした構成、悠久の歴史と熱い人間ドラマ、スケール感からいくと、アンドレイ・タルコフスキーの‘71年監督作『アンドレイ・ルブリョフ』を想起させる。
獰猛で野卑に満ちたドラマが展開する。8⼈の息⼦と9⼈の娘を持つ異教徒の領主。妹と姦通した罪により左腕を切り落とされた領主の息子。その妹は捕虜となったザクセン(チェコ語を解すドイツ人)伯爵の息⼦と恋に落ち、彼は戦いの恐怖、⽗への忠誠と娘への愛に苦しみ発狂する。
タイトル・ロールの美女マルケータは修道女になるところを拉致され、敵対する部族の息⼦と禁じられた愛を交わす。狂言回しの如く登場する物乞いの修道⼠などなど、熱い血潮の滾る人物たちが、異教徒とキリスト教世界の間で血みどろの抗争を繰り広げるのだ。
潰れた顔、絞り血、撲殺、刺殺…。コンプライアンス何処吹く風の‘60年代である。リアルな惨殺場面も厭わない。が、根底に流れるのは神への信仰心。素朴な木彫りのキリスト像や埋葬、雪原の葬列はリアルにして高尚な趣きである。
‘60年以降、チェコスロヴァキアが辿った命運。チェコ共和国とスロバキア共和国に分かれた現在を思うと、本作が担う使命の重さは感慨深い。
(大瀧幸恵)
1967年/チェコ/166分/モノクロ/シネマスコープ/モノラル/DCP
© 1967 The Czech Film Fund and Národní filmový archiv, Prague
提供:キングレコード
配給・宣伝:ON VACATION
後援:チェコセンター東京
公式サイト:https://marketalazarovajp.com/
★2022年7月2日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
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