神々の山嶺(いただき)(原題:LE SOMMET DES DIEUX)

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監督: パトリック・インバート(『大きな悪い狐とその外の物語』) 
原作:夢枕獏(原作)谷口ジロー(漫画)「神々の山嶺」(集英社刊)
(日本語吹き替え版)声の出演:堀内賢雄、大塚明夫、逢坂良太、今井麻美

雑誌カメラマンの深町誠は、行方が分からなくなっていた孤高の登山家の羽生丈二を取材で訪れたネパールで見かける。羽生の手には、伝説的なイギリス人登山家ジョージ・マロリーのものと思われるカメラが握られていた。日本に帰国後、羽生について調べ始めた深町は、羽生の人間性に魅了されていく。

原作は夢枕獏、作画は惜しくも5年前に亡くなった谷口ジロー。が、本作は紛れもないフランス映画である。エベレストを舞台としながら、日本文化及び日本人への深いリスペクトが感じられた。夢枕、谷口両氏という二つの頂きに挑んだ仏人スタッフの心意気が嬉しい。

三つ目の頂きはエベレストである。神の視座を得たかのような霊山の精緻な描写に息をのむ。エベレストが持つ崇高さ、支配を拒否するが如く、到達し得ない偉大な領域にまで、アニメーションは迫ろうとしている。冒頭は白い尾根と荘厳な景観、高みへと登り続ける酸素マスクを付けたサングラスの男。単独登攀だろう。頂上近くで合図…。 透明感溢れる劇伴が流れ、タイトルが重なる。
実写以上に山々の霊気を伝えるモノトーン映像が、次第に熱い血潮の滾る色濃い人間ドラマへとなだれ込んで行く瞬間だ。

人は、なぜ命を懸けてまで山に登るのか?標高8848mに聳え立つエベレストは黙して語らない…。‘60年代、競争心を募らせたトップクライマーの長谷と羽生。2人の栄光と挫折。羽生を慕った少年・岸。それぞれの関係性と命運が無駄な修飾なく簡潔に綴られて行く。
同時に、日本有数の難所、谷川岳一ノ倉沢の“鬼スラ”、アルプスの三大北壁、アイガー、マッターホルン、グランドジョラス。何れの山岳も人々の物語を湛えつつ、圧倒的スケールで景観描写される。仏人スタッフが、谷口の作画を大切に慈しんだことが分かる。

傍観者であり、語り部となる深町の人物造形も丁寧だ。山に情熱を傾ける男たちの心情は、ちょっとした目つきの変化、口許の締まり具合、ザイルを持ち結ぶ手、氷壁を踏みしめる靴、息遣いのリアルさで表現される。登攀シーンは、アニメと分かっていても手に汗握り、仰け反ってしまうほどの迫力だ。
濃厚な味わいの人間ドラマが本流にあるとしたら、支流を流れるのは、エベレストにエドモンド・ヒラリーより29年前に初登頂したのではないか、と言われている英国人登山家ジョージ・マロリーの謎。そして彼のカメラ、べスト・ポケット・コダックだろう。

語り尽くせないほど多くの魅惑的な要素が込められた本作は、アニメーションというメディアの特色を最大限に活かしたと言える。雪煙舞う山頂を征服した恍惚の裏には、約300人が命を落とした死の恐怖が覗く。吹き荒ぶ暴風、氷点下50度の極限で息づく身体性をエレガントに表現したのは、さすがに仏映画である。猛暑が続く7月に相応しい秀作だ。
(大瀧幸恵)


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2021/94分/フランス、ルクセンブルク/仏語/1.85ビスタ/5.1ch/
©️Le Sommet des Dieux - 2021 / Julianne Films / Folivari / Melusine Productions / France 3 Cinema / Aura Cinema
配給:ロングライド、東京テアトル
公式サイト:https://longride.jp/kamigami/
★2022年7月8日(金)より、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国公開


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