WANDA/ワンダ (原題:WANDA)

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監督/脚本:バーバラ・ローデン
撮影/編集:ニコラス T・プロフェレス
照明/音響:ラース・ヘドマン
制作協力:エリア・カザン
出演:バーバラ・ローデン、マイケル・ヒギンズ、ドロシー・シュペネス、ピーター・シュペネス、ジェローム・ティアー

ペンシルベニア州。ある炭鉱の妻が、夫に離別され、子供も職も失い、有り金もすられる。少ないチャンスをすべて使い果たしたワンダは、薄暗いバーで知り合った傲慢な男といつの間にか犯罪の共犯者として逃避行をつづける…。

映画が誕生して100余年。未だに新たな発見があることに驚く。52年ぶり、日本初上映となるこの映画が辿った長い運命と、ヒロインであるワンダの拍子抜けするほど早い転落人生が、逆回転して重なるようだ。モノクロームの粗い画像に映し出されるのは茫漠たる風景。採掘場、安酒が並ぶバー、薄汚れたモーテル、一見して労働者階級だと分かる粗末な家。打ち捨てられた米国の果てのような場所で、ワンダは住まいや家族さえも失う。

離婚裁判の場に遅れて現れたワンダの姿に胸を突かれる。頭にカーラーを巻き付けたままなのだ。それだけでワンダの内心、常識力、適応性に欠け、常軌を逸した人物だということが分かる。ものの5分もしないうちに、ワンダを次々と襲う不幸な出来事。着たきり雀、文無しのワンダは、この後どうなってしまうのだろう。何処へ行こうとしているのか?

ワンダが辿る漂流の旅を注視しつつ、本作の来歴に思いを馳せる。1970年に作られた本作は、監督・脚本・主演を担ったバーバラ・ローデンの最初にして最後の作品である。超低予算のインディーズ作品として製作されたため、衣装は自前。ワンダの命運を握るミスター・デニスを演じるマイケル・ヒギンズ(プロの俳優は2人だけ)の衣装の多くは、ローデンの夫であるエリア・カザン(『波止場』『エデンの東』などの名匠)の古着を借りた。
殆どがゲリラ撮影である。カザン夫妻宅の近くで撮影した際には、ローデンが出演者やスタッフのために料理を振る舞ったという逸話からも、手作り感が作品に反映されている。

‘70年ヴェネツィア国際映画祭最優秀外国映画賞を受賞し、翌年のカンヌ国際映画祭で上映されながら、米国では黙殺された。女性監督の台頭は未だ遠く、作風が夢を与えるハリウッド映画とは対極なリアルさを追求したためだろうか。ローデンは、
「この映画を製作した時、私は意識改革やウーマン・リブについて何も知りませんでした」
と語っている。その後、ローデンは乳がんを患い、本作を撮った10年後に48歳で生涯を閉じた。

仏のヌーベルバーグ作品に影響を受けたというローデン。それに呼応するかのように「愛人 ラマン」の作者であり、フランス映画史に燦然と輝く脚本家、映画監督マルグリット・デュラスは、「全精力を尽くしてあの映画をフランスの観客に届けたいのです」と意欲を示した。その意思を継承する如く、女優イザベル・ユペールが尽力し、本作の配給権を買い取った。

運命は更に味方する。倉庫に放置されていたオリジナルネガ・フィルムが発見され、廃棄処分を免れたのだ。2010年には、マーティン・スコセッシ監督が設立した映画保存運営組織と、GUCCIの支援を受け、プリントが修復される。ニューヨーク近代美術館(MoMa)で行われた修復版上映会は、行列が出来るほどの大成功を収め、ソフィア・コッポラ監督が作品を熱く紹介。観客の中にはマドンナの姿もあった。
映画の開始前に、そうした経緯と、”16ミリフィルムを35ミリに復元した。が、低予算の質感を残すよう腐心した”旨がクレジットされる。見逃さないでほしい。先達の映画人のおかげで、私たちはこの映画に巡り会えたのだから。

ワンダと同じく、ローデンも片田舎の貧しい家庭に生まれた。両親は早くに離婚し、親の愛情を受けずに育ち、虐待もあったという。劇中、ワンダの振る舞いや言葉使いにも注目したい。ワンダに横暴な態度を取り、DV行為も厭わないデニスに対し、ワンダは常に「ミスター・デニス(デニスさん)」と呼びかけ、敬意を表している。自分を卑下しながらも、悲惨へと誘う男に縋るしかないワンダの心中を考えると胸が痛くなる。

荒削りな美学とも言うべきローデン独自のスタイルで貫かれた本作の終焉は、ローデンが愛した仏ヌーベルバーグの名作『大人は判ってくれない』を想起させた。観終わってからも、観客はワンダの行方を心の中で反芻するだろう。ローデンが宿したスピリットは、52年の時を経ても紡がれているのだ。
(大瀧幸恵)


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【1970年/アメリカ/カラー/103分/モノラル/1.37:1/DCP/】
提供:クレプスキュール フィルム、シネマ・サクセション
配給:クレプスキュール フィルム
(C)1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS
公式サイト:http://www.wanda.crepuscule-films.com
Twitter:@wanda_movie
★2022年7月9日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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