ボイリング・ポイント/沸騰 (原題:Boiling Point)

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監督・脚本・製作 :フィリップ・バランティーニ
出演:スティーヴン・グレアムアンディ、ヴィネット・ロビンソン、ジェイソン・フレミング

一年で最も賑わうクリスマス前の金曜日、ロンドンの人気高級レストラン。その日、オーナーシェフのアンディは妻子と別居し疲れきっていた。運悪く衛生管理検査があり評価を下げられ、次々とトラブルに見舞われるアンディ。気を取り直して開店するが、予約過多でスタッフたちは一色触発状態。そんな中、アンディのライバルシェフが有名なグルメ評論家を連れてサプライズ来店する。さらに、脅迫まがいの取引を持ちかけてきて…。

正真正銘の94分ワンカット長回し撮影!痺れます、感心します!カメラワークやライティングといった技術的な面のみならず、俳優陣のアンサンブル演技、巧みな脚本構成、人物造形の精緻さ、ロンドンの一流レストランに迷い込んだ臨場感と没入感に酔いながら観ていると、クライマックスにはまさかの落涙…。鮮やかな1本だ。

英国料理は美味しくない、というのは過去の話らしい。世界各国から移民、難民が集まる人種のるつぼ、ロンドン。様々な国の郷土料理「モダン・ブリティッシュ」を学べるとあって、今や美食の国であるフランスやイタリアからも若いシェフが多く修行する都市になっているそうだ。

ロケ地となったレストランは、ロンドンのイースト・エンド・ダルストン地区にあるクリエイターやデザイナーが集うお洒落な最先端スポット。金融の中心地ザ・シティから東部下町へと連なり、パキスタン・バングラデシュ人街、ベトナム人街、トルコ人街という移民街が続くため、多国籍料理店と流行のレストランやバーが共存する形で発展していった地区。映画の舞台にはもってこいの場所なのだ。

英国の有名なセレブシェフ、ゴードン・ラムジーのリアリティ番組「Hell’s Kitchen」を見ていたことがあるが、ハラスメントは当たり前の世界!また、若い見習いシェフたちも強かなもので、遅刻するわ、口ごたえするわ、不真面目極まりない。日本の真摯な板前修業と異なる実態に驚かされた。本作では、従業員たちの国籍や人種、階級、出自もバラエティに富んでおり、その描き方が絶妙だ。

フロア係の黒人女子が、顧客へサービングしようとすると
「自分でやる。置いとけ。俺の皿に汚い指紋をつけるな!」
と言われる場面には衝撃を受けた。人種差別、ジェンダー差別といった問題にも、シェフは対処しなければならないのだ。

本作にも登場するアレルギーを持つ顧客への配慮、「フォロワーは○○万人さ!」とメニューにない品を要求するインフルエンサーなどなど、現代ならではの問題提起も描かれる。シェフは全権を握っているようでありながら、店のオーナーでない限り、本作でも支配人と厨房スタッフ、シェフ自身との衝突という点は避けられない。ワンカット長回しの中に、そうした相剋、様々な苦悩の人間ドラマが緻密に挿入される。
ヘッドシェフの重圧は計り知れず、本作の主人公アンディのように、罪悪感に駆られながらアルコールと薬物依存症になってしまう例も少なくないそうだ。

主人公として、本作を牽引するスティーブン・グレアムは、英国映画・ドラマ好きにはお馴染みの顔だろう。ロックバンドのPVでも印象的な存在感を示す“真の実力派”だ。父性と母性の両方を表現し、圧倒の名演を披露する。また、スーシェフ役のヴィネット・ロビンソンと共に、鮮やかな包丁捌きも見せる。アップになった手許にご注目頂きたい。

94分の渦中に、パニックがどんどん加速していく。フロアと厨房の中に「世界」が映し出されるのだ。汗と香辛料、調味料の匂いまで伝わってきそう。近年、稀に見る没入感ある作品と言える。途切れることのない緊張感とボケやオチを盛り込んだ緩急が見事である。充実した映画体験になることだろう。
(大瀧幸恵)


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2021年製作/95分/PG12/イギリス
配給:セテラ・インターナショナル
© MMXX Ascendant Films Limited
公式サイト:http://www.cetera.co.jp/boilingpoint/
★2022年7月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国にて公開

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