監督・脚本:マチェイ・バルチェウスキ 撮影:ヴィトルド・プロチェンニク 音楽:バルトシュ・ハイデツキ
出演:ピョートル・グロヴァツキ、グジェゴシュ・マレツキ、マルチン・ボサック、ピョートル・ヴィトコフスキ、ヤン・シドロヴスキ
第2次世界大戦最中の 1940 年。アウシュヴィッツ強制収容所に移送される人々の中に、戦前のワルシャワで、“テディ”の愛称で親しまれたボクシングチャンピオン、タデウシュ・ピトロシュコスキがいた。彼には「77番」という“名”が与えられ、左腕には囚人番号の入れ墨が刻まれた。十分な寝床や食事を与えられることなく過酷な労働に従事させられていたある日、司令官たちの娯楽としてリングに立たされることに―。
「アウシュヴィッツ=ビルケナウ収容所」について、説明の余地はなかろう。本作の主人公、実在の人物であるタデウシュ・ピトロシュコスキは、ここへ移送された最初の囚人だった。ユダヤ人ではない。カソリック教徒の伝統的なポーランド家庭で育った。
ナチス・ドイツによるポーランド侵攻により、愛国主義を懸念したドイツ側はスポーツを禁止。ポーランドのアスリートたちを危険分子とみなし、アウシュヴィッツを含む各強制収容所に送ったのだ。プロスキーヤーなど多くの有名アスリートの中に、ワルシャワ・ボクシングチャンピオンのタデウシュがいた。
冒頭、暗色が支配する怜悧な世界。重い質感と厳寒の空気が伝わる中、
「お前ら第三帝国の敵には兵舎を改修する作業を与える!ユダヤ人は2週間生きられない。神父は1ヶ月、それ以外は3ヶ月の生命だ! 家族は忘れろ、奴らは人間ではない」
とナチス親衛隊隊員の洗礼を受ける。
タデウシュは、“77番”と名付けられ、採石場の重労働をこなす日々。死者の服を剥ぎ取るのは日常茶飯事。配給の薄いスープを少年が横取りされても笑い声が響くだけ。情け容赦のない世界だ。囚人同士の喧嘩を娯楽とするナチス隊員、77番を”発見”する場面が興味深い。ボクシング映画に有りがちの強烈パンチで制する強さではないのだ。相手のパンチをするりするりと避けてみせる。相手がスタミナ切れになったのを見越してパンチを浴びせる。ディフェンスに長けたボクサーなのだ。
扮するピョートル・グロヴァツキは、筋肉隆々のマッチョではない。小柄で敏捷、鋼のような締まった身体に、瞳には燃え盛る闘志が宿った男を体現。身体作りは実際のタデウシュの写真を参考にしたという。スタントは一切なく、試合場面も全てグロヴァツキが演じている。なるほど、ワンカット長回し撮影によるボクシング場面は打ち合いがスムーズに流れ、意識が途切れることがない。凢百なボクシング映画に観られるアップの切り返し切り返しといった嘘がないのだ。とてつもない迫力と臨場、緊張感、圧巻の演技を確かめてほしい。
本作の秀逸さは、囚人を被害者として捉えず、サバイバーであり勇者に描いた点だろう。絶望と死が支配する地で、生きるために闘い、未来を打ち砕く悪でさえ平伏せることができると世界に証明したのだ。監督は、ポーランド出身でホロコースト生存者の孫であるマチェイ・バルチェウスキ。感傷を排したスタイリッシュな映像、力強く勇壮に響く劇伴も効果的だ。希望の予兆を感じさせるホロコースト映画の新機軸を是非ご覧頂きたい。
(大瀧幸恵)
2020 年/ポーランド/91 分/カラー/5.1ch
配給・宣伝:アンプラグド
(C) Iron Films sp. z o.o,TVP S.A,Cavatina GW sp.z o.o, Hardkop sp.z o.o,Moovi sp.z o.o
公式サイト:https://unpfilm.com/COA/#modal
★2022年7月22日(金)より、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開
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