監督・脚本:セリーヌ・ヘルド&ローガン・ジョージ
製作:アンソニー・ブレグマン ジョシュ・ゴッドフリー
製作総指揮:キンバリー・スチュワード
撮影監督:ローウェル・A・マイヤー 編集:ローガン・ジョージ
音楽:デヴィッド・バロシュ
出演:ザイラ・ファーマー セリーヌ・ヘルド ファットリップ ジャレッド・アブラハムソン
ニューヨーク。地下鉄のさらに下の空間に広がるコミュニティーで、貧しい生活を送るニッキー(セリーヌ・ヘルド)と5歳の娘リトル(ザイラ・ファーマー)。ある日、不法住居にあたると市の職員たちがコミュニティーの住民の排除を始める。地上へと逃げ出したニッキーとリトルは、仕事を与えてくれるというギャングのレス(ジャレッド・アブラハムソン)の部屋を尋ねるなどしながら、真冬の街を転々とする。休める場所を見つけられずに地下に戻ろうとする母娘だが、地下鉄で離れ離れになってしまう。
画面を覆う深い暗闇、目を凝らすと薄汚れた身なりの黒人少女が寝ている。微かに響く物音、人の声...。いったいここはどこなのか?幼い少女は何故こんな所にいるのか?疑問と疑念に支配された頃、少女が母を呼ぶ。少女と異なる白い肌を持った女が”商売”を終えて戻ってくる。
「身体を洗おうね。 翼は生えたかな?生えたらどこを飛ぶ?」
母娘の愛情深いやり取りが続く。
耳を凝らすと、電車の音が聞こえてくる。母娘がいるのは大きなトンネルらしきことが分かってくる。自然光が殆ど入らない巨大なブラックボックスのようなトンネル...。フリーダムトンネルと呼ばれる廃トンネルに住む人々を描いたノンフィクション「モグラびと ニューヨーク地下生活者たち」から着想したセリーヌ・ヘルド&ローガン・ジョージが、本作の監督・脚本・編集を担った。セリーヌは主演も兼ねている。
ニューヨーク市は、日々運行する列車の安全のため、人々が住んでいた痕跡は殆ど撤去したが、80〜90年代には実際に「モグラびと」と呼ばれるコミュニティが存在したという。トンネルで育った少女リトルは、星空を見たことがない。絵本でしか知らない“星”を探し、地上を飛び回るために「翼は折り畳んでるの」と話すリトルの言葉が切ない。
全編を通し、息詰まる様相の母娘を追う手持ちカメラの臨場感・迫真力が凄まじい。ダルデンヌ兄弟の『ロゼッタ』を想起させるが、緊張感と息遣いの伝わりようから言えば、『ロゼッタ』を超えている。初めて地上に出たリトルを襲う喧騒は恐怖の世界だ。地下鉄ですら明るすぎる。駅構内にはたくさんの人々が押し寄せる。電車の轟音。けたたましく鳴る車のクラクション…。大都会では小鳥のように小さく無力な母娘。母のコートに隠れて歩くリトル。この母娘はどうなってしまうのだろう?観客をカオスの最中へと投入する。
ゲリラ撮影か分からないが、上下並行移動の激しい動きの中、一瞬たりとも母娘を逃さないカメラ、次々と襲いかかる危険を予兆させる喧騒。映像とサウンドデザインの迫力が、観客の没入感を促す。全編このようなスピードか?と固唾を呑んで見守っていると、不意に安らぐシーンが挿入されるなど、緩急のリズムも見事だ。
母娘が逃げ回る世界は、大都会の中で打ち捨てられた果て。先日ご紹介した『ワンダ』のいる社会のようだ。監督が演じるのは、ワンダと同じ見捨てられた女。『ワンダ』が52年経って日本初上映され、再評価を受けたように、この低予算の秀作は映画の神に見出されるのだろうか?翼が生えてヒットするか?勢いと志しのある小品が、多くの観客に届く世の中であって、と願う。
(大瀧幸恵)
2020 年/アメリカ/英語/ビスタサイズ/カラー/5.1ch/90 分
配給:フルモテルモ、オープンセサミ
宣伝:山形里香
© 2020 Topside Productions, LLC.All Rights Reserved.
公式サイト:https://littles-wings.com/
★2022年8月5日(金)より、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開
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