長崎の郵便配達

16586726583510.jpg

監督・撮影:川瀬美香
構成・編集:大重裕二
音楽:Akeboshi
エグゼクティブプロデューサー:柄澤哲夫
プロデューサー:イザベル・タウンゼント、高田明男、坂本光正
出演:イザベル・タウンゼント、谷口稜曄、ピーター・タウンゼント

元イギリス空軍所属のピーター・タウンゼントさんは、後にジャーナリストとなり長崎を訪れる。彼はそこで、16歳のときに郵便配達中に被爆し核廃絶のための運動に生涯をささげてきた谷口稜曄さんと出会い、1984年に谷口さんへの取材をまとめたノンフィクションを出版する。2018年8月、ピーターさんの娘である女優のイザベル・タウンゼントさんが長崎を訪問し、父親の本に登場する場所をめぐる。

英国のマーガレット王女との悲恋で知られたピーター・タウンゼンド大佐。『ローマの休日』のジョー・ブラッドレー(グレゴリー・ペック)と同じくジャーナリストとなった大佐は、傷心を癒すためランドローバーを駆り世界一周の旅に出る。取材に訪れた長崎で、郵便配達中に被爆した谷口稜曄(スミテル)さんと出会い、ノンフィクション小説「THE POSTMAN OF NAGASAKI」を出版した。
写真で見る大佐は、如何にも思慮深い英国紳士の趣きだ。英空軍のパイロットらしい勇気と情熱も感じさせる。本作の案内役となった娘のイザベル・タウンゼントさんが、父親と同じ資質を持っていることに驚く。元モデルらしい長身痩躯の凛とした佇まい、聡明さと快活な笑顔は一瞬で人の心を掴んでしまう。イザベルさんの人間的魅力が、本作を牽引している、といっても過言ではない。

父の著書「THE POSTMAN OF NAGASAKI」を頼りに、長崎の地で父の足跡を辿り、父の想い出を紐解いて行く旅なのだ。 父の書斎を調べるうち、引き出しから見つかった インタビューテープ。
「父の肉声を聞いたのは23年ぶりだわ。そばにいる感じがする」
と顔を紅潮させるイザベルさんが流す涙は美しい。
取材前の周りの状況、「神道オーケストラが奏でている」などと細かく説明するボイスメモに、
「父らしい几帳面さね」
抑揚の一つ一つまで聞き入るイザベルさん。

長崎に降り立ったイザベルさんは、父の著作を朗読しながらルポルタージュルポする。流石に女優の口跡は明確で気品に満ちている。長崎と父を体内に取り入れんとするかのような朗読に、観客は心地好く身を委ねていく。次第に、イザベルさん自身の記憶も紐解かれる。
「フランスのTV番組に父が出ていたのを覚えてる。原爆で生き延びた少年を紹介していて、その谷口さんが服を脱いだ時、本当に驚いたわ」
フランス人の母を持ち、フランスで育ったイザベルさんには、ケロイドを負った人の印象は強烈だったのだろう。

映画の製作中、 2017年8月30日に谷口さんは亡くなってしまう。享年88歳だった。10ヶ国以上を訪問し、核廃絶を訴えた。2015年、渡米の際にはNYの国連本部でスピーチを行い、「平和祈念式典」では「平和への誓い」を読み上げた。谷口さんの声明、
「ノーモア長崎!ノーモア被爆者!ノーモアウォー!」
力強い声が会場に響き渡り、拍手喝采を送られる。本作にはこうした報道アーカイブ映像も多数挿入される。

「谷口さんに会って話したかった」とイザベルさんは何度も口にする。
「父は谷口さんの人柄に惹かれ、フランスへ帰国してからも長崎へ会いに行っていた」
大佐も谷口さんと闘い続け、2人とも今は安らかに旅立ったのだ。
「父は長崎にいた6週間で5キロ痩せたそうです。長崎で父が伝えたかったことを私も肌で感じたかった。”作家の義務は証言すること。戦争は無垢の人を傷つける。核戦争は起きてはならぬ。それが書こうと決めた理由”」
父の言葉を代弁しながら、毅然と立つイザベルさんの佇まいは大佐とそっくりだ。

長崎は日本でも特別な地である。1570年には、ポルトガル船が寄港し、オランダや中国、スペイン、英国など多くの船が行き交う国際都市だった。イザベルさんと家族が乗る路面電車の車窓から浦上川が見える。原爆投下された8月9日、浦上天守堂には、境内で死のうとする人々、キリスト教徒ではない人たちも教会で死ぬこと
を選び、列を作ったという。瓦礫の下から数千の遺体が見つかった。天守堂に向かう道で力尽きてしまった人々だ。人類で初めてキリスト教徒が原爆被害に遭った。その数、広島では2000人、 長崎は2万人に上ったという。 宣教師もいた。

長崎では、8月9日の被曝記念日に 霊を敬うお盆が行われる。精霊舟を作る精霊流しにイザベルさんも参加する。長崎平和記念公園、谷口さんが住んだ家の中腹に続く坂道の階段。想い出を辿るように、イザベルさんも200段の階段を上る。鳥居が見えてきた、鳥岩神社からの素晴らしい眺望、海と市街地を抱くようにイザベルさんは感極まる。
「父が来てから40年後に来れたのね!嬉しいわ!来て良かった」

フランスへ戻り、穏やかな庭のある家で長崎の旅を振り返るイザベルさん。表情豊かなヒロインの感情に添いつつ、感傷染みた話法を排した川瀬美香監督に好感が持てる。 父が綴った平和の大切さを伝える”手紙”を 今度は娘が世界へ “配達”する映画なのだ。
(大瀧幸恵)


16586727126840.jpg

2021年製作/97分/日本
配給:ロングライド
企画制作:ART TRUE FILM
製作:長崎の郵便配達製作パートナーズ
(C) The Postman from Nagasaki Film Partners (C) 坂本肖美
公式サイト:https://longride.jp/nagasaki-postman/
★2022年8月5日(金)より、シネスイッチ銀座ほかにて全国公開

この記事へのコメント