監督 :アレックス・トンプソン
脚本:ケリー・オサリヴァン
出演:ケリー・オサリヴァン ブリジット、ラモーナ・エディス・ウィリアムズ フランシス、チャーリン・アルヴァレス、マックス・リプシッツ ジェイス、リリー・モジェク
34歳で独身、大学も1年で中退し、レストランの給仕として働くブリジットは夏のナニー(子守)の短期仕事を得るのに必死だ。そんなうだつのあがらない日々を過ごすブリジットの人生に、ナニー先の6歳の少女フランシスや、その両親であるレズビアンカップルとの出会いにより、少しずつ変化の光が差してくる
とあるパーティ。中年男性が夢の話を延々と続けている。さして興味のない話を聞かされるブリジットは明らかに気まずい表情。
「オレ34歳だもんなぁ。死ぬよ」
「私も34歳よ」
「えっ?20代じゃないの?仕事は?」
「レストランの給仕よ」
聞くやいなや去る男。その様子を見ていた若い男に話しかけられるブリジット。男とベッドインした翌朝、シーツに生理の経血が付いていることに気付く。
「あなたの顔にもよ!イヤだ、手も血だらけ〜!」
「ホントだ。味しないね」
2人でキャッキャ笑いながら歯磨きを始める。
かつて、これほど経血が大っぴらに描かれた映画があっただろうか?衝撃の幕開けだ。実体験を基にした脚本は、初長編脚作にして主演も担うケリー・オサリバン。監督はオサリバンのパートナーでもあるアレックス・トンプソン。やはり長編初監督作だ。38歳と32歳のフレッシュな映画人が、観たこともないような作品の創出に立ち合わせてくれた。主人公のブリジットは始終、生理や不意の出血に悩まされている。その描写ときたらリアルこの上ない。
「ねぇ、血の塊ってこんなもん?豆粒くらいでいいの?」
中絶後の出血量が適切かを彼氏(セフレ?)に見せるブリジット。こんなあからさまに描く?と驚くのは世代差だろうか?しかも描き方に微塵の暗さはなくユーモアたっぷり。湿度を抜いた表現にはアッパレ!と快哉を称したくなる。
本作の主要命題でもある中絶に関しても、ヒロインは術前術後とも全く逡巡するところがない。今年6月、米国連邦最高裁は「中絶は合衆国憲法で保障された権利」だと認めた過去の判決を覆す判断をしたばかりだ。中絶禁止を巡る保守派と急進派のデモは絶えない。司法判断に抗う気持ちがオサリバンにあったかは不明だが、中絶を悲劇的なドラマの道具立てには用いず、女性の選択肢の一つとして自然に描いているのは革新的だ。
生理、妊娠、出産か中絶…。
「⼥性に⽣理がなかったら地球には誰も存在しないのに、若い頃から⽣理のことは隠すように教育されている」
オサリバンが言うように、なぜかタブーとされ、国や民族・風習によっては”不浄のもの”と看做し、女性に触ることさえ禁じられた生理現象。考えてみれば健康のバロメーターでもあり、人類には不可欠なのだから、少しも恥じることはないはずだ。映画史に新たな扉を開けてくれた記念碑的作品になるかもしれない。
ブリジットを通し「34歳あるある」描写が秀逸だ。シカゴの私立名門ノースウエスタン大学を1年で中退したブリジットには、キャリアも結婚歴も子どももなく、尊厳を失った未だ迷える女。回復が必要だった時期に出会ったのがナニー(子守り)の仕事。6歳のフランシスは、弟にママを取られ、反抗気味。ブリジットに当たるし、ブリジットも子どもが好きではない。産後うつであるフランシスのママはヒスパニック系であり、黒人女性との同性愛カップルだ。
フランシス一家との関わり、反抗されながらも賢くて魅力的なフランシスと過ごす夏休み。アイススケート、体操、日焼け、 変顔をしてふざけたり、海で遊んだり…。瑞々しい日々が綴られる。ナニーの仕事は微妙な立場にある。家族の一員のようでありながら、家族には成り得ない。社会的地位も高くはない。大学の同級生と遭遇する 場面が切ない。
「うちの子はアレルギーだから、おやつを作ってきて」
と命じられる。日本の生活には馴染んでいないが、ナニーはメイドではないので食事作りはしない。明らかに見下す態度。しかも、
「大学を出てないから安い賃金で雇えたの?」
とフランシスのママに聞くなど、ブリジットには屈辱的だ。そんな逸話もユーモアで回収する見事なバランス感覚をオサリバンは持っている。
ヒロイン、フランシス一家とも夏の終わりには成長・親密の喜びと別れを迎える。観客を癒してくれる快作との出会いは清涼な風に違いない。
(大瀧幸恵)
2019 年/アメリカ映画/英語/101 分/ビスタサイズ/5.1ch デジタル/
配給:ハーク
配給協⼒:FLICKK
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公式 サイト:https://www.hark3.com/frances/
★2022年8月19日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネクイントほか全国公開
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