監督:プリシラ・ピザート
出演:パリ・オペラ座バレエ、アマンディーヌ・アルビッソン、レオノール・ボラック、ヴァランティーヌ・コラサント、ドロテ・ジルベール、リュドミラ・パリエロ、パク・セウン、マチュー・ガニオ、マチアス・エイマン、ジェルマン・ルーヴェ、ユーゴ・マルシャン、ポール・マルク、アレクサンダー・ネーフ(パリ・オペラ座総裁)、オレリー・デュポン(バレエ団芸術監督)
世界的パンデミック禍、パリ・オペラ座も例外なく閉鎖。ダンサーたちは、1日6~10時間踊っていた日常から突如切り離され、過酷な試練と向き合っていた。2020年6月15日、3か月の自宅待機を経てクラスレッスンが再開。かつてない状況下、 最高位のエトワールたちは、“オペラ座の宝”といわれる演目、ヌレエフ振付の超大作「ラ・バヤデール」の年末公演に向け稽古を重ねていく。しかし、再びの感染拡大に伴い、開幕目前に無観客配信となり、初日が千秋楽となる幻の公演となってしまう。心技体が揃う絶頂期が短く、42歳でバレエ団との契約が終了となる彼らにとって、それは落胆の決断であったが、そんな激動の中で新エトワールが誕生する―。
静まり返ったパリ。2020年3月16日、ロックダウンによりパリ・オペラ座、ガルニエ宮、オペラ・バスティーユを含むフランス全土の劇場は閉鎖となった。350年以上前、ルイ14世が設立したパリ・オペラ座はエッフェル塔やルーブル美術館、凱旋門と同じく、フランス文化の象徴であり、フランス人のメンタリティなのだ。日本なら富士山、東京タワー、武道館といったところか…。 オペラ座の全景が映る度、古くともエレガントなオーラを放つ建造物の威容に魅せられる。
身体を密着する舞踏という特性故か、パリ・オペラ座はフランスで最初に閉鎖され、最後に開くことになった劇場である。本作は、3ヶ月後にレッスンが再開し、ダンサーたちが集い、度重なる閉鎖を経て半年後の2021年6月10日、オペラ・バスティーユにて有観客の公演「ロミオとジュリエット」で新エトワールが誕生するまでの軌跡を追った貴重なドキュメンタリーだ。
これほどダンサーに密着同行し、リハーサルの様子〜初日、その舞台裏に至るまでの撮影を許可するのは非常に稀だという。バレエの殿堂に訪れた歴史でも類を見ない出来事を、日付など事実関係まで正確に目撃すべく、試写の間もメモをとる手が忙しかった。マチュー・ガニオら、最高位のエトワールたち、コールドバレエ(群舞)のダンサーたちの”生きた声”を中心にお伝えしたい。
2020年6月15日、レッスン場に復帰した団員たち。「これほどの中断は初めて!」 と言いつつ、広い空間で開放され、仲間と再会できた顔は嬉しさに輝いている。
「踊れないのはアイデンティティを失うこと。バレエは感情表現のツールなのに感情が封じ込められた。踊れない自分は何者か?わからないけど、今は復帰できて幸せ」
「毎日6〜10時間は踊っていたので1時間だと身体がなまる。筋肉、活力、スタミナ、耐久力や靱やかさも失った。早くペースを取り戻したい」
「近所迷惑になるからジャンプの稽古はできなかった。身体への信頼を回復し、ダンス能力を高めたい」
それぞれが自主練習に努めてきたのだろう。ブランクを感じさせないキレのある動きだ。
「身体のあらゆる部分に記憶が残っている。音楽を聴けば感覚が蘇るよ。プルーストのマドレーヌのようにね」
さすがは最高峰の文化圏に在籍するダンサー!ちょっとした会話にもマルセル・プルースト作「失われた時を求めて」の文章を引用するとは…。ダンサーは踊るだけではなく、教養も身に付けていなければ務まらないことを感じさせる言葉だ。
デュポン芸術監督は語る。「今は未だ身体の感覚が違うはず。ダンサーは鏡に映る自分の姿に厳しいのです。すぐに戻れないということを受け入れる努力が必要ね。大きな跳躍は禁じています」
メンタル面も含め、オペラ座スタッフは団員たちのケアに十分、気を配っている様子が分かる。
ダンサーも自分たちが恵まれた立場、環境に置かれた自覚はあるようだ。が、ダンサーの寿命は短い。時間との闘いともいえる。焦燥感から、
「気が変になりそうだ。バレエ団との契約は42歳で終わる。今がキャリアのピークなのに台無しだ。成長してキャリアを築きたい。でも、給料は貰っているし健康だ。生活が苦しい人の中で恵まれてると思う。それでも辛いんだ」
実感がこもった言葉だ。
再開の演目は、ヌレエフ振付版「ラ・バヤデール」。年末公演に向け稽古が始まった。観たことのある方なら分かると思う。観客を夢見心地にさせる物語だ。バヤデールは寺院に仕える舞姫。恋した男ソロルは国王の娘の婚約者だった。 バヤデールは蛇に噛まれて死に、ソロルも後を追う。悲恋にロシア色の濃い振り付けが似合う。
「ヌレエフ版はオペラ座の宝よ。基本的技術と超高難度の技は普段の練習が大事だと知らされる」
「10ヶ月踊れないまま復帰して完璧を求められるの。猛特訓が必要だわ。まず技術面それから芸術面でね」
「サリエリは(「アマデウス」で)『モーツァルトは音が多過ぎる』と言った。ヌレエフも同じだよ。ステップが多過ぎる(笑)」
ヌレエフはコールドバレエに拘り、その地位を高めた。 32人のダンサーが上手から次々とアラベスクで降りてくる場面を初めて観た時の感動は忘れない。あれほど優雅で神がかったコールドバレエは観たことがなかった。永遠に続くかと思われる演出に恍惚としたものだ。
「最初に出て行くのは大変だけど苦しい顔を見せちゃいけない。32回もステップ踏むのはさすがに辛い」
「降りながらヨガをしている感じ。全員の呼吸を一緒に合わせるのが大事なの」
「痙攣してきて右脚の感覚はないけどね(笑)」
「集中してるから、群舞でも自分のことで精一杯よ」
バレエファンなら、これからも「ラ・バヤデール」の最大の見せ場を心して観たいものだ。
2020年12月11日、初日4日前に再閉鎖で公演中止が決まる。無観客のライブ配信。
「初日1回の配信で千秋楽か」
「フラストレーションで意欲が削がれるね」
「ガッカリだよ。準備を重ねて舞台に立ち、観客と接して拍手を聞くことを目指してきたのに…。観客が恋しい 。これ以上続いたらキツい。ビンタをくらった感じだ」
カメラはアップを狙うので顔の表情に気をつけて、と注意を受けながら静かに開幕する。
「拍手がない中でお辞儀をするのは虚しいね。会場のバイブレーションやエネルギーが踊りに共鳴するんだ。 回転やピルエットだけが大事じゃない。 舞台で起こること全てが自分を掻き立てると分かった」
「観客、照明、オーケストラ…。 他では感じられない舞台の魔法だね」
「観客と引き離される感じ。愛から引き離されたのと同じ状態だ。 会いたくてもハグできない」
それぞれの思いを胸に、最前を尽くしたダンサーたち。そして、最後は歓喜と至福の瞬間が訪れる!拍手喝采、手を取り喜び合う団員たち。心温まるエンディングだ。踊りの技術もさることながら、ダンサーの内心が聞けたのは収穫だった。
(大瀧幸恵)
2021年/フランス/カラー/ビスタ/ステレオ/73分
© Ex Nihilo – Opéra national de Paris – Fondation Rudolf Noureev – 2021
提供:dbi.inc. EX NIHILO
配給:ギャガ
公式サイト:https://www.gaga.ne.jp/parisopera_unusual
★2022年8月19日(金)より、Bunkamuraル・シネマ他にて全国順次公開
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