彼女のいない部屋 (原題 : SERRE MOI FORT |英題 : HOLD ME TIGHT)

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監督・脚本 : マチュー・アマルリック
撮影 : クリストフ・ボーカルヌ
編集 : フランソワ・ジェディジエ
音響 : オリヴィエ・モーヴザン、マルタン・ボワソー
美術 : ローラン・ボード
衣装 : カロリーヌ・スピート
出演:クラリス : ヴィッキー・クリープス、マルク : アリエ・ワルトアルテ、リュシー : アンヌ=ソフィ・ボーウェン=シャテ、ポール : サシャ・アルディリ、リュシー(成長後) : ジュリエット・バンヴェニスト、ポール(成長後) : オーレル・グルゼスィク、ガソリンスタンドの友人 : オーレリア・プティ、不動産業者 : エルワン・リバール、マルクの同僚 : サミュエル・マチュー、山荘のウェイトレス : クカ・バニェレス・フロス

彼女はどこへ向かっている? 彼女の行動の理由は? フランスの地方都市らしい。彼女は車を走らせている。彼女は家族を捨てて家出をしたのだろうか。海外資料にあるストーリーは「家出をした女性の物語、のようだ」という1行のみ。フランス公開時にも物語の詳細は伏せられ、展開を知らない観客が、ある真実に気づいたとき、心が動揺するほど感動したという。

フランスが誇る名優マチュー・アマルリックが監督としても一流であることを決定付けた一作。誰も到達し得ない新たな表現への挑戦。それもアートを気取ったりもったいぶった作風ではない。気負いなく軽やかに着地した印象だ。最後には比類なきカタルシスが待っている。

ゴダールを想起させるようなプツンプツンと切れる非連続性のカット。感情も音楽も流れを寸断させ、敢えて観る側の意識を、感傷を排す志向なのだ。冒頭から謎含みの展開がブツ切れに提示される。
「やり直し!やり直し!」
ポラロイド写真を並べ、神経衰弱を何度も繰り返す女。不意に車を走らせ、娘の演奏と思しきピアノ曲のテープを聴き始める。女は何処へ向かおうとしているのか?目的は?切羽詰まったような表情の女の胸に去来するものは何か…?

海外のプレス資料にも、あらすじらしきものは何も書かれていない。
「家出をした女性の物語、のようだ」
の1行だけである。観客の興味を最後まで繋ぐアマルリックの手法は強かだ。ゴダールの影響を受けたかどうかは分からないが、個人的には系譜を継ぐものと受け取った。

監督インタビューによると、撮影監督のクリストフ・ボーカルヌに見せた唯一の映画が、フランシス・フォード・コッポラの初期の傑作『雨のなかの女』だと語っている。ハタと膝を打った。女は去るのか?行くのか?エキセントリックに見えるシャーリー・ナイトの演技と、本作のヒロイン、ヴィッキー・クリープスとは相通ずるものがある。哀しみを秘めつつ動き続ける女。原動力になっている出来事とは何なのか?

高貴さと孤独を暗色のビ ロードのような艶気で表出する2人の演技と、撮影手法は官能美を湛える。冬木立のフランス、アルプス地方の雪景色は目を奪われるほど美しい。
観客の聴覚に訴えかける名曲の数々。ベートーヴェンの「エリーゼのために」や 「ピアノソナタ第1番」 、ドビュッシー作「子供の領分~グラドゥス・アド・パルナッスム博士」 の他、ショパンやラヴェルといった幻想的なピアノ曲。ロッシーニの「小荘厳ミサ曲 キリエ」 、 オリヴィエ・メシアン「世の終わりのための四重奏曲 5楽章イエスの永遠性への讃歌」 など、生死の荘厳さを感じられる名曲群が、絶妙なタイミングで流れる。心憎い程の選曲だ。クラシックファンは、どの場面に登場するか、楽しみにしてほしい。

破格の映像と音楽性を伴った美学が、ポラロイド写真のバラバラなピースを埋めるように回収されて行く。女が慈しむ想いはリリシズムと溶け合い、映画を一層彩る。撮影監督ボーカルヌ、編集のフランソワ・ジェディジエなど息の合ったスタッフに支えられた仕事は、エンディングのJ.J.ケイル作曲「チェリー」にまで紡がれ、結実を迎える。
(大瀧幸恵)


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2021年|フランス|97分|カラー
[配給] ムヴィオラ
製作 : LES FILMS DU POISSON
共同製作 : GAUMONT、ARTE FRANCE CINEMA、LUPA FILM
提携 : CNC 
参加 : CANAL+、CINÉ+、BAYERISCHER RUNDFUNK、ARTE
支援 : CENTRE NATIONAL DU CINÉMA ET DE L'IMAGE ANIMÉE、RÉGION NOUVELLE AQUITAINE、RÉGION OCCITANIE、DÉPARTEMENT DE LA CHARENTE MARITIME
協力 : INDÉFILMS 8、CINÉMAGE 14、CINÉCAPITAL
© 2021 - LES FILMS DU POISSON – GAUMONT – ARTE FRANCE CINEMA – LUPA FILM
公式サイト:https://moviola.jp/kanojo/#modal
★2022年8月26日(金)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開


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