スワンソング (原題:SWAN SONG)

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監督:トッド・スティーブンス 
出演:ウド・キアー、ジェニファー・クーリッジ、マイケル・ユーリー、リンダ・エヴァンス 

アメリカ・オハイオ州サンダスキーの老人ホーム。ヘアメイクドレッサーの仕事を引退し余生を送る“ミスター・パット”ことパトリック・ピッツェンバーガー(ウド・キア)は、思わぬ依頼を受ける。それはかつての顧客で町の名士だったリタ・パーカー・スローン(リンダ・エヴァンス)が残した「死化粧はパットに頼んでほしい」という遺言に基づいた依頼だった。ゲイとして生き、パートナーに先立たれていたパットの脳裏には、さまざまな思い出が去来する。


表題は、白鳥が生命を終える直前、最も美しい声で鳴くと言う逸話を象徴している。プロローグ「真のカリスマから着想」とクレジットされるように、トッド・スティーブンス監督が影響を受けた実在の人物ありきの映画だ。1984年オハイオ州サンダスキー。当時17歳だった監督はゲイバーで踊る「女神」を観て以来、映画化を温めてきた。私的なノスタルジック作品に付きものの湿度がなく、絶妙な立ち位置からの視点が生きる。

失われ行くゲイコミュニティへの熱い思い、‘90年代のエイズ禍、逝ってしまった恋人、友人たちへの鎮魂歌、ゲイカップルの子育てや相続問題など社会的トピックも巧みに折り込まれる。ゲイを公言するスティーブンス監督の集大成ではないか。そして、老練にして流麗たるウド・キアー!ガス・ヴァン・サントやラース・フォン・トリアーの一連の作品群でも、唯一無二の圧倒的個性を発揮してきた稀代の名優。キアーが魅せる渾身の名演に酔う如く惹き込まれてしまう。幸せに浸れる105分である。

本作は「スワンソング」たるヘアドレッサーの最後の仕事を見守るのが主題だが、キアーの演技はいつまでも観続けていたくなる。高齢者施設で目覚めたキアー扮するパットはジャージー姿だ。施設を抜け出し、オハイオの田舎町を過去へと旅を続ける中、人々はパットをどんどんゴージャスに変貌させる。毒舌で辛辣、洒落の効いたジョークを効かせるパットは、時を経ても愛すべき人物なのだ。ペイル色のスーツ、故人の形見であるピンクの帽子、今では製造中止になったヘアケア商品、10本の指を彩る指輪。安物であろうとも「真のカリスマ」が纏えば、ゲイカルチャーのクィア女王そのものが出現する。

美しく儚い追想と現実の空隙を埋めるのは、名曲の数々だ。ゲイカルチャーのアイコン、ジュディ・ガーランドの「The Man That Got Away」で目覚め、‘60年代にバイセクシュアルを公言したダスティ・スプリングフィールドが歌う「Yesterday When I was Young」が旅の背中を押す。メリッサ・マンチェスター「Donʼt Cry Out Loud」、シャーリー・バッシー「This Is My Life」に至るまで心を揺さぶられる楽曲ばかり。全てパットの心情とリンクさせた選曲の確かさに唸る。

エンドロールに流れるダニエル・カルティエの「Hovering」を聴きながら、映画の余韻に酔いしれていると、〈ミスター・パット〉ことパトリック・ピッツェンバーガーその人の写真が!なんという粋な紳士だろう。往年のハリウッドスターのようだ。美貌に息を呑む時間が訪れるとは…。69年の生涯に思いを馳せた。最後の瞬間まで見逃さないよう、堪能してほしい。
(大瀧幸恵)


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2021年 /アメリカ / 英語 / 105分 / カラー / ビスタ/ 5.1ch
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
© 2021 Swan Song Film LLC
公式サイト:https://swansong-movie.jp/#trailer
★2022年8月26日(金)より、シネスイッチ銀座ほか全国公開

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